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牧師 指方 信平(さしかた しんぺい)
牧師 指方 愛子(さしかた あいこ)
伝道師 野田 祥(のだ しょう)
説教

■生きるために必要な祝福
山上の祝福。群衆を見つめる主イエスの眼差しはその命一つ一つを祝福せずにおれない愛に溢れています。群衆はこれまで祝福ではなく、むしろ「呪い」を宣告され続けてきた人々ではなかったでしょうか。そんな彼らにとって、体を癒されたことにも増し、主イエスの告げられる祝福こそ、まことの癒しとしていつまでもその命に響いたでしょう。
マタイによる福音書が記されたのは紀元80年頃。直接の読者は、パックスロマーナ(ローマの平和)の陰で、その信仰ゆえにローマ帝国からも、またユダヤ教社会からもしばしば困難な状況に置かれていたキリスト者です。11節にある「わたしのためにののしられ、迫害され」という言葉は、まさに彼らの置かれている状況そのものであり、まるで山上の群衆の一人となったつもりで聞いたことでしょう。そして、きっとこの主イエスの祝福を日々、合言葉のように繰り返し告げあいながら、その時代を生き抜いていったことでしょう。
昔も今も、こどももおとなも、わたしたちは皆、祝福がなければ生きていけない存在です。多くの命が失望と怯え、無気力を覚えています。自分自身の内に頼りとなるものを何も持たないそんな貧しさ、無力さの中にあって命の充足感を、安息を、求め渇いています。そのような人々に、主は時を超えて、本当の幸いがここにあると告げておられます。天の父なる方がおられ、このわたしをありのままに受け入れ、大いに喜び、慈しみ、支えていて下さる。それは理屈で語り尽くせない、測り尽くせない神の愛という現実です。旧約聖書の詩編139にはこう記されています。「わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろしい力によって驚くべきものに造り上げられている。」この恐るべき、驚くべき祝福を内にも外にも告げること、それが今日、教会が世にある根本的な意義ではないでしょうか。

■一心に主を信頼する者の幸い
「義に飢え渇く人々」、それはこの世に正義と公正がなされることを渇望する人です。それも人間の歪んだ正義ではなく、神が神としてこの世になしたもう義への飢え渇きです。私たちは主の祈りの中でこう祈っています。「御心の天になる如く、地にもなさせたまえ」。御心がこの地になされることを信じ、渇望する祈りに生きる時、その人は幸いです。なぜなら、その人は不義と不正が満ちるこの世にあって、ひたすら現実を嘆き、心縛られ、喘いでおらねばならないのではなく、「主の御心こそ成し遂げられる」という信頼の中に自分自身を置いているからです。「平和を実現する人」も然り。主イエスは、「平和を実現した人は幸いだ」とは言っていません。平和が実現していない(命の安息・祝福ではなく、呪いと恐れと怒りが溢れた)現実にあって、しかし「ただ神の義が成し遂げられる、御心こそ果たされる」との信頼に立ちながら、平和を造り出そう踏み出すその一歩一歩は、重苦しい悲愴感や焦燥感に包まれず、むしろ幸いな人としての姿を証しています。
そして「心の清い人」とは、潔白さというよりも、一心に主を信頼する人のことです。不義と不正が溢れ、平和とは程遠い現実の中で、ただ主なる神に一心に望みを置くその清さこそ、その人を幸いな人として歩ませるのです。
わたしたちが前にしているのは、重苦しく、嘆かわしい現実ではなく、いつだって神その方であるということを忘れてはなりません。主に信頼して生きていくゆえの軽やかさ、豊かさ、その幸いが告げられているのです。

■大いなる喜び、まことの喜び
「喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある」。主イエスは山上で、人々に天を指し示しつつ、「あなたがたは天に属する者なのだ」と告げているようです。天に向かって解き放たれた者として、主への信頼をもって生きていく幸い、喜びがあるのです。主イエスはありもしないことをそれらしく語り、人々の心を手軽に癒し、惑わしているのではありません。この祝福を信じてみたものの、最後には絶望の淵に陥れられてしまうなどという、なんの保証もない無責任な言葉ではありません。ここで告げられた祝福がそんな空虚なものではないということを、主は自らの十字架の死と復活をもって証ししています。
あなたを懐に抱きしめる神の愛、その幸いを、たとえ死も空しくすることはできない、主の名を呼び求める信頼と希望を、死も覆すことはできない。独り子キリストの十字架の苦しみと甦りによって裏打ちされた幸いが、今日聞こえます。

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