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牧師 指方 信平(さしかた しんぺい)
牧師 指方 愛子(さしかた あいこ)
説教

■既に世に勝っている方の祈り
ヨハネによる福音書17章は、主イエスの祈りを信仰の内に聴き取ったキリスト者の希望の告白と言えます。迫害の中にあったキリスト者は自らとキリストの受難とを重ね合わせる中、このような主イエスの祈りを信仰の事実として聴いたのです。そして、それはどのような現実よりも確かで重大なものであったのです。
直前の16章33節には、「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」。この言葉は十字架以前の言葉として記されながらも、読む者の中で現在化されます。そして、17章は、既に世に勝った復活のキリスト(現臨のキリスト)の励ましの祈りとして聴かれるのです。
先週、札幌北光教会は創立124周年を迎えました。それが意味するのは、単に124年という時間の経過ではありません。キリストに祈られ、キリストの真実に生かされながら、ここに教会が形成されてきたということに他なりませんし、この方の祈りに支えられて、わたしたちはキリストに従って歩む125年目を始めていくのです。

■大祭司の祈り
大祭司の特別な務めは、年に一度の贖罪日(ヨム・キプール)に神殿の至聖所に入り、一年間人間が神様に対して犯した罪を贖う犠牲として動物の血を捧げたのです。そこで大祭司は、まず自分自身のために、続いて祭司たちのため、そして民全体のために祈りました。17章はその形式に沿っています。つまり、主イエスこそが真の大祭司として民を執成して祈られたのだということを表しています。しかも、主イエスが捧げた贖罪の捧げ物は、動物の血ではなくご自身の血に他ならず、毎年捧げなければならない犠牲ではなく、ただ一度完全な犠牲であったのだということを17章は暗に語っています。

■命の始まりを告げる栄光
主イエスはご自分のために祈られます。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えて下さい」(1節)。「時」とは十字架の時を指していますが、主イエスはこれを屈辱・没落・絶望の時とは言われず、「栄光を現す時と言われるのです。12章には、「人の子が栄光を受ける時が来た。はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが死ねば多くの実を結ぶ。」(12:23-24)と語られています。これは一粒の麦が蒔かれ、そこから多くの実りが結ばれるように、キリストという一粒の麦がこの世に蒔かれる(十字架に死なれる)ことから、豊かな実りが創造されるということです。つまり、十字架の出来事というのは、キリストがこの世の罪の問題に決着をつけてくださった「結末」ではなく、むしろ、多くの実りのために一粒の麦が蒔かれた「始まり」の出来事です。十字架の上で神が神であることのすべてである愛が完全に現わされ、この愛によって多くの命が実っていく。その始まりとなる十字架であるがゆえに、それは栄光の時なのです。

■キリストの祈りの中で
主イエスは「永遠の命とは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです」(3節)と祈られます。永遠の命とは神を「知る」ということ、神ご自身の現れであるイエス・キリストを「知る」ということなのです。それはご自身を死に差し出すほどに、このわたしを限りなく愛される神の愛を知るということであり、この愛の中にこそある自分であることを知るということです。そこで初めて、わたしはわたしとして限りなく愛された命(すなわち永遠の命)を生き始めていくのです。
若者に人気の歌には、「どれだけ飛んだかではなくて、どう飛んだか、どこを飛んだのかが一番大切」とあります。しかし一番大切なことは「どこから〜」なのではないでしょうか。「どのように」「どこで」生きたかということ以前に、神の限りない愛から私の命は始められていると知ることです。そして、そこから始められた歩みは、どのような時も、どこにあろうとも、キリストの祈りに支えられている歩みなのだと知ることができます。
苦しくて、恐ろしくて祈れない時があります。途方を見失ってしまう時があります。しかし、そこでもキリストはこのわたしのために祈り、このわたしを決して見失わず、みなしごとせずご自身と一つにして確かに導いておられると受け止めて、生きていくことができます。ヨハネによる福音書17章「大祭司の祈り」は、その事実を今日の私たちに示しています。

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