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日本基督教団 札幌北光教会 日曜礼拝 木曜礼拝 牧師/指方信平、指方愛子

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■天の祝宴の先取り
ガリラヤのカナは、この聖書箇所のお陰で人気観光地となっています。「カナの婚礼教会」近くの土産物屋の売れ筋商品はやはりワイン。御多分に洩れずわたしも買い、帰国後、早速口にしていましたが、極上ワイン!とは言い難い代物でがっかりしたのを思い出します。
それに比べて、聖餐において味わうぶどうの杯は格別ですね。なぜなら聖餐は、神の国の祝宴を先取りした姿だからです。パンと杯を分かち合うことを通して、一人ひとりが主の命と愛を豊かに満たし、主が中心におられることを信じつつ、お互いのことを喜び祝しあう、そんな神の国の姿が聖餐に現わされるのです。そして、「マラナ・タ 主のみ国が来ますように♪」(讃美歌21−81)と歌われるのです。

■「ぶどう酒がなくなりました」
ワインが尽きてしまう、そうした事態はわたしたちの人生や教会の現実問題として生じ得るものです。喜びが、希望が尽き、「ああ、もうおしまいだ」と暗く不安な気持ちに覆われてしまいます。北光教会が宣教協力をしている置戸教会は、以前「ぶどう酒がなくなりました」というマリアの心境にありました。しかし、その中心に主がいて下さり、必要な人々を用いながら、思いがけない御業を表して下さり、気づけばそれが最上の恵みであったことを知らされました。水汲みを続けて、この先何が起こるかはその時分からなくても、主がご存知であると信じて皆で歩む時、置戸教会は主の栄光を見ました。それは、札幌北光教会122年の歩みについても、また一人ひとりの人生についても同じです。わたしたちは、自らの力や可能性を過信しながら歩んできたのではなく、むしろ無力さや不安を抱えながらも、主の言葉に従おうとしてきたのであり、その只中で確かに主が支えて下さった歩みです。現在取り組み続けている会堂改修においても然り。その業を担いながら、すべてが喜びに変えられる神の国の祝宴の姿を、わたしたちはこの地で証ししていくのです。
わたしたちは、その御業に仕えて水を注ぐ働き人です。重い水を運び、井戸を何往復もしたであろう召使たちは、「どうせ意味がない」と投げ出したり、「これくらいで良いだろう」と安易に妥協しませんでした。皆で働きを精一杯担いあって祝宴を造り上げていきたいと思います。

■ここにも十字架
主イエスは、「ヨナのしるし以外にしるしは与えられない」と言われました(先週の説教要旨参照)。ヨナの体験は、主イエスの十字架の死と復活を指し示す「予型」です。天からのしるしを求める人々に対し、主イエスは、十字架の死と復活以外にしるしはないと断言されたのです。それならば、水がぶどう酒に変わるというこの奇跡も、その場限りで完結するサプライズショーではなく、まことのしるしである十字架と復活の主イエスを指し示す出来事であるはずです。
主イエスは「わたしの時はまだ来ていません」(4節)と言われました。その「時」が「十字架の死」のことであるということは、この時点でまだ明らかにされませんが、主イエスは最初の奇跡において、既に十字架の出来事を暗示しておられるのです。水が良いぶどう酒に変わったことに気付いた世話役の言葉に注目です。「だれでも初めに良いぶどう酒を出して、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました」(10節)。
普通は、酔いが回って味覚が鈍感になった頃合を見て劣った酒を出すのです。どうせだれも気付かないから。しかし、そこで一番良いぶどう酒が提供されたことに、世話役は驚きました。まさにそのようにして、神様は主イエス・キリストを与えて下さいました。一番良いものを隠したまま出さず仕舞いという方ではなく、かえって人間が最も深く罪の中に酔い、神の愛に鈍感で全く気付かないような時に、最上のぶどう酒としての独り子を惜しまず与え、十字架において世の罪を贖って下さったのです。世はその恵みに気付かないけれど、その愛と赦しと祝福は決して尽きることがないのです。

■カナの祝宴にまさる物語を
最上のぶどう酒を味わったのは、カナの婚宴参加者だけではありません。神が与えて下さったキリストという最上のぶどう酒、取って置きの祝福を皆が頂いたのです。その尽きることのない恵みが今日、わたしたちの只中に注がれている、この恵みによってこそ支えられている、ということに気付くことができた時、この物語はまさしく札幌北光教会の物語だと知るのです。カナの祝宴にもまさる天の祝宴の喜びを、共に味わい、証しするために、わたしたちは今年も水を注ぐのです。

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