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いま、受難節という期間の中にあります。イエス様が都エルサレムでの宣教活動を行った結果、十字架刑の苦難を受けたということを改めて思い起こすときです。今回は、そのエルサレムへの旅の始まりの部分です。

ガリラヤ地方からエルサレムがあるユダヤ地方へ行くには、その中間地点のサマリア地方で宿泊をするというのは一般的な旅程でした。イエス様や弟子たちも、サマリアで宿を取ろうとしたのですが、人々から歓迎されませんでした(53節)。サマリアで宿を取れなかったイエス様達は、別の村へ行くしかありませんでした。その道中、ある人「あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と言いました(57節)。予定していた村で休むことが出来ず、気落ちしているかもしれないイエス様を励まそうとしたのでしょう。それに対してイエス様は、こう応えます。「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」(58節)。狐や鳥には寝るところがどこにでもあるのに、どうして人間というのはそうはいかないんだろうね、というユーモアに満ちた言葉に聞こえます。しかし、それだけではなくて、イエス様は何処か一箇所に縛られることはない、と言うのです。

そして、イエス様は別の人に、「わたしに従いなさい」と声をかけます(59節)。するとその人は、「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」と応えます(59節)。イエス様はさらに、「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。あなたは行って、神の国を言い広めなさい」と言います(60節)。その後、もう一人の人がイエス様に、「主よ、あなたに従います。しかし、まず家族にいとまごいに行かせてください」、と言いました。それに対してイエス様は、「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言います(62節)。家族の葬りをするな、家族と別れを交わすな、その言葉にはイエス様のどんな思いがあるのでしょうか。ルカによる福音書には、神の国そのものを別の視点から捉えたイエス様の言葉があります。「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」(17章20節〜21節)。「間に」という聖書ギリシャ語では、「影響を及ぼすところ」、「手の届くところ」という意味をもつ単語です。すると、「神の国はあなたがたの手の届くところに」、「神の国はあなたがたの身近なところに」というニュアンスになります。イエス様は、神の国を人々に伝える際に、たとえばなしを用いました。例を挙げれば、成長する麦の種や、からし種の話題です (マルコ4章26節〜32節)。これらのはなしは、農業が盛んなガリラヤ地方の人にとって(イエス様もガリラヤ出身)、日常の風景です。人々の生きている現実の中で、人が気づいていないだけで、神さまはずっと働いておられること。それが、言い広めよと命じられている神の国です。

「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。あなたは行って、神の国を言い広めなさい」。生きているあなたができるのは、神さまがあなたの父親にどれほどかかわっていてくださったか、そして、悲しみの中にある遺された人達に、神さまが何をしてくださっているかを言い広めなさい。そのようにも聞こえてはこないでしょうか。「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」。家族は、別れだけを伝える相手ではありません。家族もまた、神の国を伝える相手なのです。神さまがあなたの家族をこの上なく祝福して下さっていること、家族が家族でいられるようにいつも働きかけて守っていて下さっていること、そのことを、何よりも先ず伝えなさい、イエス様はそのようにも言っているのではないでしょうか。

イエス様に従うことの一面は、自分の現実に見出す神の国を伝えること、自分の日常に働きかける神さまを見つけ出して伝えること、と言えるでしょう。

かつて、パレスチナの一地方で生きていたイエス様は、十字架の苦難の後に甦らされたことで、いまや時や場所を越えてすべての一人ひとりと共に生きる方となりました。「人の子には枕する所もない」、その言葉の通り、一つの場所に定住することなく、あまねくすべての人の中にイエス様は生きています。それこそ、神さまは救い主をこの世に与えることで、わたしたち一人ひとりの現実に大きく働きかけてくださっているのです。わたしたちの日常に起こりうる様々な出来事において、前を歩いているのはイエス様です。死と復活を御自分の体でもって顕された方です。悲しみが喜びに、絶望が希望に、死が命に変わっていく歩みをイエス様は進んでいます。変えられていくという良き知らせを宣べ伝えて参りましょう。

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