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日本基督教団 札幌北光教会 日曜礼拝 木曜礼拝 牧師/指方信平、指方愛子

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マタイ10章は、イエス様の派遣説教です。説教を聞いている弟子たちは、これからいろんな町や村へと出かけていき、イエス様の教えを宣べ伝えていきます。この働きは、一日だけでやり遂げられませんから、当然、そこで暮らす必要も生まれます。遠くからでは見ることもなかった人々の姿や知ることもなかった地域の様子が、生活の中へと飛び込んでいくことで、自分のこととして受け取ることができます。弟子達は、一人ひとりが別々の場所へと遣わされます。しかし、共通している状況があります。その一つが、ローマ帝国による支配体制です。
「二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか」(29節)。アサリオンは、ローマ帝国の最小貨幣単位です。帝国が世の中の価値を定めているこの時代、雀だけでなく、人間も奴隷制度によって売買されていました。権力者によってそれが当たり前に為されている場へと弟子達は出かけて行きます。イエス様はその彼らに、「あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている」と言います(31節)。この世を造り、命を造った神さまは、一人ひとりを髪の毛一本にいたるまで、その存在を価値が付けられないほどに、良しとしています。

ところで、今年度のクリスマス礼拝では、マタイ2章13節〜18節が選ばれました。そこには、幼児虐殺という非常に痛ましい出来事が描かれていました。札幌北光教会のある方が、別の角度からこの出来事を読み取ったことを話して下さいました。「虐殺や殺すということは、文字通り命を奪うことだけではなくて、一人ひとりが訴える声を抹消することも、そう言えるのではないか」と。そのようなことが起こっている現場のひとつに、沖縄県が挙げられます。普天間飛行場から移設するために、辺野古に新しい基地を建設しています。その建設現場の入り口には、毎日大勢の人々が座り込んでいます。また船を使って海の上で声を挙げています。その行動は、基地そのものは沖縄に必要ないという意思表示です。しかし、時の政治家達は、座り込む人々や船に乗っている人々を排除し、建設を淡々と進めています。まるでその声は聞くに価しないものとしているかのように。そもそも、そんな声は初めから無いものとしているかのように。
この北海道についていえば、昨年は、北海道命名150年というキャッチコピーをいたるところで見ました。果たして、150年前に北海道という名前をつけるだけで済んだ出来事だったのでしょうか。元々、アイヌモシリとしてアイヌ民族が暮らしていた土地なのに、150年以上前から幕府、そして明治政府の侵略にさらされています。政府は、アイヌ独自の言語や文化を否定し、集落であるコタンを不当に奪い取り、破壊して北海道を造り上げていった歴史があるのではないでしょうか。また、政府の主導のもと、囚人を更生させるためとしてインフラ設備を整える刑務を与えました。しかしながら、社会復帰どころか過酷な労働環境のせいで多くの囚人が命を落としました。非人道的と言わざるを得ない明治政府の行いです。「北海道150年」という歴史認識は正しいのかという声を挙げているアイヌの方々がいます。昨年、政府は抑圧の歴史と向き合い、謝罪をしたでしょうか。
そしていま、政府は天皇の退位式と即位式を準備しています。また、テレビや新聞では、「平成最後」という言葉が飛び交っています。日本という国は、天皇によって一つであることを、アピールしたいのでしょうか。しかし、沖縄にせよ北海道にせよ、そこで生きている人々の意志を無視して、強制的に日本の一部にした経緯があります。政府は、過去から現在まで、人々の意志を封じ込め、意見を殺し続けています。

イエス様は言います。「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」(28節)。時の権力者に声を挙げたにもかかわらず、それを無にされたとしても、一人ひとりの「この地で生きて行くのだ」という思いまで消し去ることなどできはしません。その命を仮に殺すとするならば、命の造り主であり祝福をした神さまにしかできないことです。しかし、その神さまは、滅ぼすどころか、イエス様の命を与えてまで、すべての人を救い出したのです。
「わたしの仲間であると言い表す者」(33節)は原文のギリシャ語から直訳すると、「わたしを告白する者」となります。イエス様の言葉と同じ事を言う人、イエス様に同意する人の声は神さまへと届けられます。イエス様は、どんな人々とともにいたのか。それは、権力者の抑圧のもとで、怒りと悲しみを叫ぶ人々ではなかったでしょうか。10連休の中には、復活の主イエスを告白する日曜日も含まれます。この日本で生きるわたしたちに、神さまはイエス様の言葉を通して、問いかけています。

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