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日本基督教団 札幌北光教会 日曜礼拝 木曜礼拝 牧師/指方信平、指方愛子

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■「かもしか」さん
初代のキリスト教会に生きた一人の女性にタビタという人がいました。「婦人の弟子」(36節)として、唯一新約聖書の中にその名が記されている人物です。「タビタ」という名前はニックネームでありまして、「かもしか」(ガゼル)という意味でした。「かもしかさん」「ガゼルさん」といった感じでしょうか。
すらりと伸びた健康的な足のことを「かもしかのような足」と言うことがありますが、そうした外見が由来でしょうか。あるいは、かもしかは、優しさ、美しさ、素早さを象徴する動物であったそうですから、彼女の優しさの込められた奉仕と交わりが由来なのかもしれません。いずれにせよ、タビタは世間の注目を集めるようなインパクトのある働きをした人物というわけではなかったでしょう。むしろ、日常の些細な出来事にも愛と祈りを込め、謙って真心からの生活をしていたのだろうと思います。
そんなタビタが病気で亡くなってしまったのです。遺体は人々によって二階に安置されました。「人々」とは、夫に先立たれたいわゆる未亡人たちでした。身よりがなく、社会的にも蔑まれていた女性たちでありました。彼女らは、近くの町で伝道をしていたペトロを急遽呼び寄せ、タビタが自分たちのために作ってくれた衣類を泣きながら見せたのでした。今や遺品となってしまったその衣類は、彼女たちがタビタに愛された大切な証しでした。彼女たちにとって、タビタが、どれほど大きな支え、喜びであったかを想像することができます。

■命の宣告
タビタという一人のキリスト者の死の知らせを受けたペトロは、現地に駆けつけました。ペトロは、きっと戸惑い、不安になったと思います。悲嘆する人々に、どんな言葉を掛けられるだろうか、どうやって彼らの悲嘆を共にすることができるだろうかと。そんな思いが渦巻く中、急ぎ足で向かったに違いありません。タビタの亡骸に対面したペトロは、一旦皆を室外に促しました。ペトロとタビタの対面、生と死が対面する静かで厳粛な時が流れます。
「タビタ、起きなさい!」。死という絶対的な壁を貫くような言葉がペトロの祈りの中から溢れ出ました。死者に向かって「起きなさい」と呼び掛けることは空しいこと、滑稽なことでしょうか?ペトロは、タビタの死を受容できずに、「お願いだから起きて」と嘆かわしく呼び掛けているだけなのでしょうか?そうではありません。ペトロは今、死をも越えて愛し導く神を信仰によって見ているのです。かつて、無知で臆病で、自己嫌悪に苛まれていた時のペトロの姿はここにはありません。復活の主イエス・キリストにまみえ、この方のまなざしが今日も確かに向けられていることを信じ、この自分を御国のために用いて下さる方を信じて立つペトロがここにいるのです。
「タビタ、起きなさい」。これは儚い願望に基づく空しい言葉ではありません。ペトロを通して告げられる神の宣言なのです。全く隔絶された死の事実に向かって、「起きなさい」と外から叫び訴えているのではありません。死の外側からではなく、死の現実の只中で告げられる神の宣言です。神こそが、「タビタ、起きなさい」と、その愛すべき名を呼んでおられるのです。死が宣告される時、そこで神は、命を宣告されるのです。


■残された人々の物語として
41、42節には、タビタを愛する人々の間で彼女が再び生きたのだということ、そして多くの人々が主を信じたのだという事が記されています。つまりこの物語は、単にタビタの物語なのではなく、残されたものたちの物語でもあるのです。人々の中にタビタが失われることなく確かに生きたということ、そして人々が愛と希望を満たしながら起き上がっていった姿は、多くの人に主を信じる心を生起させたこと、このことが福音として告げられているのです。
毎年、逝去者記念礼拝を行っています。わたしたちには多くの兄弟姉妹との交わりが与えられてきました。家族としてのかけがえのない日々がありました。タビタの作ってくれた衣服を握りしめ涙した人々のように、数々の愛された思い出、愛し合った思い出があり、その死に悲しみがこみ上げてくることがあるでしょう。しかし、この礼拝は「追悼」とは違います。追悼は、その人の死と別れを追って悼み、悲しみを重ねるということですが、わたしたちは、悲しみがこみ上げてくる時、この方々が主の愛を受け、死の眠りの中で命の宣告を受けているのだということをぜひとも心に留めましょう。そして、こうして主にあって聖徒の交わりを生かされながら、主を信じる群れを更に造り上げていく、その思いを共にしたいと願います。

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