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■「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」(使徒信条)
ピラトは手を洗って群衆に言いました。「わたしには責任がない」。実は、これと本質的には同じ振る舞いや弁明を、人は繰り返してきたのではないでしょうか。使徒信条において「ポンテオ・ピラトのものに苦しみを受け」と言う時、わたしたちは無意識の内に、「わたしには責任がない」「それはピラトのせいで、わたしには関わりがない」としてしまってはいないでしょうか。もしも、使徒信条成立の過程で、「誰かを悪者にしないと気が済まない」「十字架は一体誰の責任か」という人間の意図が少なくとも働いていたとするならば、あえて申しますが、使徒信条そのものに、人間の根深い罪が表出しているのかもしれません。

■「お前たちの問題だ」
総督ピラトの今後のキャリアは、目の前の民衆たちに握られていました。もしここでピラトが民衆の訴えを退け、主イエスの無罪放免を宣言したならば、祭司長たちは彼らを扇動して暴動を起こしたでしょう。総督として治安を維持できなければ、ローマ帝国内でのピラトの評判は失墜します。もしも群衆が「ピラトはイエスに味方した」「ローマ皇帝への反逆に他ならない」などと吹聴したりでもすれば…。ピラトは、そのような自分の身に及ぶリスクを回避して、保身に走りました。
「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ」。この台詞は、銀貨30枚を返しにきたユダに対して祭司長たちが告げた言葉と同じです(マタイ27:4)。ユダを都合よく利用しておきながら、自分たちの責任は認めない、そんな姿勢がユダを死に追いやりました。そして、ピラトもまた自己保身からそっくり同じことを言い放つのです。
このように、ピラトは自己保身のために主イエスを見捨て、ユダは自分の思いを内に一杯溜め込んだ末に主イエスを売り渡し、ペトロは、呪いの言葉さえ口にしながら主イエスを否認しました。それぞれに迫られた状況があったわけですが、結局は皆自分が一番大事だったのです。そのためならば、本当は望んでいないはずのことを自らしてしまったのです。「わたしは知らない」「わたしの問題ではない」と、無意識的に自分自身に欺きながら身を保っている。自分の身を保ち、主イエスを捨てている、ひいては神を捨てている、これが人間の的外れな現実です。

■「わたしには責任がない」
さて、ピラトが手を洗いて「わたしに責任はない」と言った時、熱狂する群衆はこぞってこう答えました。「その血の責任は、我々と子孫にある!」。ですが、結局誰かが責任を取ったでしょうか。人の世にあって責任というものは転嫁されていくのが常です。主イエスの死を巡って、祭司長たちはユダに責任を転嫁し、ピラトは群衆に転嫁し、群衆は「我々と子孫の責任だ」と言いました(つまりは子孫に転嫁すると言っているのと同じでしょう)。こうして繰り返される弁解の中で、責任の所在は曖昧にされていきます。
しかし、注目すべきことは、誰に責任があるかではありません。十字架の主イエスにおいて、血の責任はもはや誰にも問われていないのだということです。この場で一人沈黙を貫く主イエスの姿、ここにすべてが担われている。熱狂する群衆の騒がしさの中にあって主の沈黙は「諦め」ではありません。この世の罪のすべてを、あなたの一切を引き受ける、との神の決意が貫かれているのです。誰の責任を問うこともなく、赦しを告げておられます。そのことを思う時、本日の説教題は、新しい響きをもっていることに気付かれるでしょう。正しく、「わたしには責任がない」のです。

■バラバ・イエス
丘の上の十字架には、バラバが磔になるはずでした。しかし、死ぬはずのバラバが生き、死ぬはずのないナザレのイエスが死なれた。バラバ自身が求めたことではない出来事でありました。「バラバ・イエス」、奇しくも彼はイエスの名を身に帯びていました。そしてわたしたちも同様です。わたしたちが求めたことではない恵みとして、この命に主イエスの名が刻まれています。そこでは、「わたしには責任がない」と頑なに弁解する必要などありません。わたしたちは主張し得る何ものも持たないもの、己の内に頼りとするものを何も持たない、無力な、心の貧しい者(マタイ5:3)なのです。そして、そのような人こそ「幸いである」と主は山上で語られたのです。今、限りなく赦されたものとして、愛されたものとして、そして、主イエスという真実な方の名を帯びるものとして、ここから出ていきましょう。

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