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■神のものは神に
主イエスに出会った人々に徴税人たちがいたということは、新約聖書の中でも際立っています。住民から徴税し、支配国ローマに納めることで生計を立てていた彼らは、まるで売国奴、非国民と見なされ、罪人としてユダヤ教共同体から排斥されました。
そんな徴税人を「ひいき」にする主イエスに対し、ある時、ファリサイ派の人々が次の様な問いをぶつけました。「ローマ皇帝に税金を納めることは、律法に適っていることでしょうか」。主これは、イエスを陥れるための質問でしたが、主イエスはこう返しました。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」
皇帝への納税を認めると同時に、より高次の事柄として、「神のものは神に返しなさい」と。神のものとはなんでしょうか。神のものでないものはないのです。自分の命でさえ、それが神のものであるならば、神に返すべきものです。しかしその命をまるで自分のものであるかのように、自分本位に、また時に乱暴に扱ってしまっていないか、主イエスは、ファリサイ派の人々の心の内にある傲慢を問い質すのです。「あなたがたこそ神のものとしての生き方をしているのか」

■神が、あなたがたのことを心にかけていて下さる(Tペトロ4:5)
徴税人レビは、まさに「神のものは神にお返しする」応答をした人物でした。「何もかも捨てて立ち上がった」とは、財産すべてを放棄したということではなく、むしろそれら持てるすべてを主のために用いるべく立ちあがったということでしょう。主イエスのために催した宴会も、それが「盛大」であったと記されているのは、すべてを主のために用いよう姿勢が表されているのです。
徴税人レビの内心を聖書は詳しく語りませんが、すべてを捨てた姿に、自分が「生きている」と心から言える充足感、存在そのものを癒された解放感を見て取ることができるでしょう。
「主がこのわたしを心にかけていて下さる」この一つの事実が彼を力強く立ち上がらせました。主イエスの降誕、十字架の死、復活、再臨の約束、主イエスの生涯において一貫していた福音。それは「神が、あなたのことを心にかけていて下さる」ということです。
「何もかも捨てた」のは、レビではなく先ずもって神様の方です。レビがいま前にしている主イエスこの方に、わたしのためにすべてを捨てられた神が現わされていました。
盛大な宴会を用意したレビは、徴税人仲間などを招きました。表向きには主イエスを迎え入れ、宴会を催したレビですが、受け入れられ、招かれたのは、むしろレビ自身でありました。一見偶然のようなこの出会いのために、どれだけ大きな愛が働いていたことか、この祝宴のために主なる神がどれだけ大きな決断をされていたのかそこに思いを向けたいと思います。

■わたしが来たのは、罪人を招くため
主イエスが徴税人と食事をしたことについてつぶやく人々に対し、主イエスは言われました
「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。」「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」
健康な時に人は医者を必要とはしませんが、自分が病であることを知り、生きたいと願う時には一転して医者は必要な存在となります。ですが、主イエスについてはどうでしょう。私たちが「罪」という病を自覚し、主イエスを必要として自分の足で向かったのでもなく、招き寄せたのでもありません。私たちの気付きや求めに拠らず、主が私たちを見出して、来て下さったのです。
大切なことは、どれだけ悩み、求め、自覚し、決断し、悔い改めたかではありません。そのような人間の思いから信仰が生まれるわけではないのです。罪の悔い改めといっても、そもそも「罪」は自覚できず、従って悔い改めようがないところに、その深刻さがあるのです。むしろ、主が来てくださったという事実を見ること、その主のまなざしに見つけ出されていることを知ることです。その時、私たちは、自分の内にある罪の病を知ると共に、その病に既に主が御手を置いて下さっている平安をも知るのです。
そうして、主がこの私を心に掛けていて下さる、その命を尽くして支えて下さる、その大いなる配慮の中にあって、わたしたちは自分が「生きている」と心から言うことができます。そして愛されたものとして歩み始めることができます。そこに悔い改めがあるのです。

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