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■手応えのない大切な時間
本来は20章で終わっているヨハネ福音書に21章が書き加えられました。どうしてもこのことを伝えなければという著者を駆り立てる思いがここにはあります。
舞台は、エルサレムから一転、ガリラヤ湖です。湖で漁をする弟子たちの光景が描かれます。既に、復活の主イエスはエルサレムで弟子たちに現れ、彼らに「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」と告げ、息を吹きかけました(20章21節)。 弟子たちは、主イエスの復活の証人として遣わされたのです。とは言え、「これからどこで何をすれば良いか」「自分たちに一体なにができるというのだろうか」そのような迷いが生じたでしょう。弟子としての原点であるこのガリラヤで、仲間たちと共にしばし網を垂れながら沈思黙考する、そんな時間が確かに必要だったことでしょう。
わたしたちは、神様の祝福と守りを確信し、信仰に燃え、明確なビジョン、綿密なプランをもって突き進み続けるということはできません。一度はそのようであっても、時が経過してふと思うとき、「自分は一体、どこに向かおうとしているのだろうか」「本当にこの道を進んでよいのだろうか」と立ち止まってしまうことがあるでしょう。何度網を引き揚げても魚が一つも取れず、手ごたえのない時間ばかりが経過していくような。思いますに、21章を書き加えた著者自身が、そのような一人だったのではないでしょうか。自分が進んでいく「こうだ」という筋道を見失ってしまう経験があったからこそ、ここで再び主が弟子たちの前に現れて下さったという出来事は、何としても記しておきたい福音だったのではないでしょうか。

■主に知られている恥ずかしさ
「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ」。その言葉通り、大漁でした。岸に立つその人がイエスだと気づいた弟子が「主だ」と驚き叫ぶと、ペトロは上着をまとって湖に飛び込みました。なんともちぐはぐな行動ですが、それは「まさかここに主がおられるはずがないのに」という驚きと共に、恥ずかしさを表すものでしょう。アダムとエバが神の前に裸であることを恥じていちじくの葉で身を覆ったように、ペトロは主イエスが今ここにおられ、自分が見つめられているという思いがけない事実に対し、咄嗟に身を覆い湖に隠れたのです。
「イエスなど知らない」と3度否定した挫折から立ちあがったはずのペトロですが、今またしても、主を知らないかのように、主などおられないかのように過ごしてしまっていた自分であったことを知らされた思いで、喜びよりも、まず恥ずかしさを覚えたのです。
この場面は、信仰とは主を知ることではなく、主に知られて生きることだということを豊かに語ってくれています。「わたしは主イエスの愛の内に知られ、見出され、備えられている」ということに繰り返し信を置いて生きることです。ペトロは、自分が一番弟子であり、主イエスの一番の理解者だと自負していた節がありましたが、本当に自負すべきことは、その方が自分のすべてを理解して下さっているということです。
主に知られているということは、自分のこととして考えると、恥ずかしく、みっともないことに思えてきます。茂みに隠れ、主の呼びかける声に怯えていたアダムとエバとは、わたし自身の姿であると思わされます。他者に自分を誇り得たとしても、主の前においてそのような誇りはたちまち恥となってしまうようなものではないでしょうか。けれども、主イエスは、湖に飛び込んだペトロに、「もっと己を恥じよ」とは言われず、むしろ「さあ来て朝の食事をしなさい」と招かれたのです。
主に知られ、主が備えていて下さるということを知った時、弟子たちには、もはや「あなたはどなたですか」と問う必要などありませんでした。

■わたしがあなたを選んだ
主イエスは十字架に付けられる前の夜、こう言われました。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」(15章16節)この受難節、共に読んできた聖書の箇所には、多くの葛藤、憎しみ、嘆きがありました。主を裏切ったユダ、主を裁いた人々、主を知らないと言ったペトロ、主を見捨てたピラト。しかし、そのすべての人々が主の言葉に覆われています。「わたしがあなたを選んだのだ」。わたしたちはこの言葉によって今日を生きています。主の選び、招き、そして愛が記されて福音書は締めくくられます。締めくくられると共に、わたしたちの始まりが告げられています。

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