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1885年、日本初の女医(公許女医第1号)となったキリスト者・荻野吟子(当時35歳)。40歳の時に周囲の反対を押し切って伝道者・志方之善と結婚。キリスト者の理想郷建設を目指す夫と共に利別原野に入植し、「インマヌエル村」(現在の今金町神丘)を開拓したことは広く知られているところです。やがて同村を去り吟子は隣村の瀬棚で医院を開業し、伝道する夫を支えました。数年後、夫・志方はローランド宣教師(ポーリン・レーンさんの父)の勧めにより、一度は退学した同志社に再び学ぶため京都へ。吟子はローランド師の招きで一人札幌へと移り住みました(1903年 明治36年)。

先日、札幌での吟子の足跡を調べておられる大学教授の依頼を受け、当教会所蔵の文献を調べたところ、明治37年の婦人会記録に「志方ぎん」の名を確認。一時期とはいえ、彼女が当教会(当時は北1西3に位置)の婦人会に所属していたことが判明しました。早速、教授に連絡しましたら、飛んでやって来られ感慨深そうに写真を撮っておられました。札幌での吟子の足跡は、20年間探したけれど見つからなかったのだそうです。

吟子は、札幌に移住した年に「開業 荻野医院 南1条西5丁目」との広告を新聞に出しているのですが、医院が実在した証拠は見つかっていません(開業を諦めたという説が有力です)。しかし、その界隈は札幌組合教会の中心的な人々が店を構え居住していた地域。広告まで出しているのだから彼らの協力で医院開業は実現したはずだと教授の間で意見は一致し盛り上がりました。教会創立記念日を前に、120年前の教会の人々の姿を想像し胸が躍っています。

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