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日本基督教団 札幌北光教会 日曜礼拝 木曜礼拝 牧師/指方信平、指方愛子

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風は舌を震わせ
五旬祭は、神がエジプトの奴隷であった先祖を解放し、律法を授与してこれによって導かれた出来事を記念し、民族の一つのルーツを再確認する祭です。その祭の日に、聖霊降臨は起こりました。「激しい風のような音」は「炎のような舌」を震わせ、一人ひとりに奇声ではなく、福「音」を世界中の言葉で語らせました。言葉や国や人種の隔てを超えて、すべての民に向かって福音が解放されていく出来事は、民族主義的な五旬祭とは逆の方向性を持っていました。
十字架で亡き者とされ、墓に塞がれた神の言葉イエス・キリストは、しかし、甦ってなお語っておられる、その言葉は、今や聖霊により、一人ひとりの口を通して、大きな響きとなって世界に告げられ始めたのです。

神の愛の名「イエス・キリスト」
神殿の「美しい門」で、毎日施しを乞うていた足の不自由な人に、ペトロは「イエス・キリストの名によって立ち上がりなさい」と告げました。この名こそ、その人が生きていくために必要なものでした。イエス・キリストの名、それはあなたのことを愛する神様の愛の名なのです。
ペトロにとって、この「美しい門」は、いまこそ聖霊よって語り働くイエス・キリストに従って踏み出すスタートゲートとなったのです。そして、わたしたちは、この物語のバトンを受け継ぐ登場人物の一人ひとりです。わたしたちはイエス・キリストの名によって祈るだけではありません。イエス・キリストの名によって立ちあがり、イエス・キリストの名によって働くのです。何事においても、常にこの名がわたしを生かしている根拠であるからです。

最高法院、再び
イエス・キリストの名を封じようとする人々が再び現れます。拘束されたペトロとヨハネを尋問したのは、議員、長老、律法学者、そして大祭司一族。ペトロは今、主イエスを裁いた最高法院を相手にしているのです。ここで裁かれ、そして抹殺され、奪われたイエス・キリストの言葉。だからこそ、この場所でキリスト(の言葉)の復活は告げられねばなりませんでした。ペトロは聖霊に満たされて言いました。「あなたがた家を建てるものの捨てた石、それこそが建物に不可欠な隅の親石なのだ」と。あなたがたが邪魔だ、不必要だといって捨てたイエス・キリストという名こそ、この国を根底から支えるに不可欠な要石なのだ、と。

愛の権威によって大胆に
物怖じせず十字架と復活のイエス・キリストを証ししたペトロ。その勇敢さは、彼が本当に畏れるべき権威を知っていたからです。ペトロ支える権威、それは一方的に人をひざまずかせる力ではなく、むしろ、どこまでも「忍耐し、高ぶらず、自分の利益を求めず、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」主の愛という権威です。死の力さえも抑え込むことのできないこの愛という権威に支えられ、また必要とされたペトロは実に自由でした。
議員たちは、二人を繰り返し脅迫した上で釈放しました。二人から一部始終を聞いた仲間たちの反応はどうだったでしょう。脅迫に委縮するどころか、声を上げて神に願いました。「主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが思い切って大胆にみ言葉を語ることができるようにしてください」(29節)。
脅威に直面する時、「どうか彼らの脅しをやめさせてください」とか「わたしたちを苦難に遭わせないでください」との祈りを口にしやすいわたしたちですが、時に祈りは、祈っている本人の常識を超えていくのです。

祈りの言葉を導く主
「神様、大胆にあなたの言葉を語るものにしてください」、これは単なる強がりではなく、これこそ祈る者の強さです。祈りは逃げ込む場所ではない、祈りが道を開くのです。しかし、それももし彼らが主イエスの復活の希望を知らなければ、このようには祈り得なかったでしょう。死を越えて語る神の言葉(キリスト)が、聖霊によって一人ひとりの内に生きて働き、その愛を告げて導いて下さる、その確信があるからこそ彼らは、大胆に、自由に祈ることができたのです。「思い切って大胆に語らせてください」と、自分たちの常識を超えるような祈りへと導く主の守りの中に自分はいるのだ、ということを知ったでしょう。
どんな小さな祈りでも、その祈りの言葉が生まれてくるのは、イエス・キリストの名がその人と共にあるからに違いありません。祈れない、語れない、そんな思いに閉ざされていた人が、イエス・キリストの名を信じ祈ることが出来たその一言は、主さえも喜び驚く大胆な祈りです。

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