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日本基督教団 札幌北光教会 日曜礼拝 木曜礼拝 牧師/指方信平、指方愛子

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新しい時代の幕開け
手を上げて祝福しながら昇天した主イエスの姿は、弟子たちにとって、祝福の中にある新しい物語の始まりを予期させるものでした。昇天と共に弟子としての歩みが終了したのではなく、ここからのために選ばれた弟子たちなのです。主イエスのそばで見聞きしてきたこと、十字架と復活に現わされた神の愛という福音の現実を告げ広めていくために。
約束の聖霊によって立ちあがったペトロは、預言者ヨエルの言葉の成就として聖霊降臨の出来事を人々に語りました。「神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。するとあなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。わたしの僕やはしためにも、その時には、わたしの霊を注ぐ。すると彼らは預言する。」
「終わりの時」、それは「旧約の時代の終わり」と言えましょう。いまや人は律法によらず、聖霊によってイエス・キリストに出会い、神の愛、救いの御業に生かされていく、新しい契約の時代が幕開けたのだと。

礼拝は普通じゃない
主イエスが生きておられ、愛を込め、命を込め、最も近く、最も深く働いておられるという確信が、あのペトロを立ちあがらせています。「主が聖霊によってここからを歩んでくださる」と確信するペトロの姿は、端から見れば「普通」ではありませんでした。
初めて礼拝に出席された方にとって、こどもからお年寄りまで大きな声で賛美、はたまた静かに聖書の言葉に心を傾けているという光景は、少なくとも「普通じゃない」でしょう。イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりを確かめている姿は、たとえ礼拝生活の長い人であっても「普通」で「当たり前」のものではないはずです。人生のどんな悲しみにも喜びにも、天に昇られた主イエスのあの手が向けられ、添えられている。傷ついたその手でこの私を捉え、「恐れることはない、わたしだ」「あなたに平和があるように」そう確かに告げて下さっている、その愛の現実を豊かに味わい見る礼拝としたいと思います。そして、このわたしを遣わし用いようとされる主によって勇気を出す礼拝としたいと思います。

夢を見る人々
聖書には夢や幻を見た人々が登場します。ヤコブ、マリアの夫ヨセフ、パウロなど。恐れや悩みの中で、彼らは夢や幻として主の言葉に触れました。「あなたを決して見捨てない」、「恐れずマリアを受け入れなさい」、「恐れるな、語り続けよ、わたしがあなたと共にいる」。一人悩みを抱えているような時、やるせなさを感じる時、とても人生に夢や幻を描けないと思う時、そこで神は夢を幻を示して下さいます。ある人が言いました。「どんな潅木や枯木でも、モーセに神が出現したあの燃える柴のように、超越的な存在との出会いをもたらすのだ」と。希望などないと渇きを覚える時、しかし、そこが神との出会いの現場だったりするのです。神様は、そのようにして出会い、その人を立ちあがらせ、用いようとされます。神様には夢があるからです。

神の夢
「神なしではわたしたちは何もできないように、わたしたちがいなければ、神は何もなさらない。」(アウグスティヌス)わたしたちは皆、神の夢を託された一人ひとりです。聖霊は、王や預言者といった特別な人々にだけ注がれたのではありません。奴隷になっている男女にも、また老若も問わず聖霊は注がれました。皆が神の夢を託されています。神が抱いておられる夢、それは人間がただ神を崇拝だけすれば良いということではなく、神の愛に示され、押し出され、互いいを愛し、赦し、仕え合う家族となることです。
神様は、「人が一人でいるのはよくない」と、アダムのあばら骨からもう一人の人間を造られた。もう一人の人間を見た時、アダムは、「これこそ、わたしの骨の骨、わたしの肉の肉」と驚嘆し、やがて「エバ」(「命」の意)と名づけました。アダムにとってエバは命そのものというほどに大切でした。ここには一つの真理があります。すなわち、神は人間を自己完結する存在としては造っておられない、ということです。自分一人で完結する愛や正義や平和ほど不完全で歪んだものはないでしょう。人はみなその賜物も欠けも、補いあって初めて生きることができるように造られている、そこで命の喜びに驚嘆するように造られているのです。
わたしたちは、聖霊によって、もはや男女・老若・富貧・白人黒人・その隔てを超えて一人ひとりが神の夢を託されたものとして語り出し、共に主の食卓を囲む家族とされていく時代の中に生かされ、遣わされています。
「人よ、何が善であり、主が何をあなたに求めておられるかは、あなたに告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、謙って神と共に歩むこと、これである。」(ミカ書6章 派遣と祝祷時の言葉)。ここに神の夢があります。そしてこれが常の福音宣教のビジョンです。

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