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「向こう岸にわたろう」との主イエスの言葉に促され、12人の弟子たちは舟を漕ぎだしました。しかし想定外突風に悩まされ、舟は波をかぶって水浸し。自然の力に弄ばれ、なす術もないまま命の危機に恐怖したのです。船尾で眠っていた主イエスに対し、弟子たちの怒りがぶつけられました。「先生、わたしたちがおぼれても構わないのですか」。「我々のことなどなんとも思ってらっしゃらないのですか」と。

自然の不気味さに恐怖し絶望する弟子たち。すると、主イエスはおもむろに起き上り、「黙れ、静まれ」と告げました。嵐はたちどころに収まり、何事もなかったかのような凪に変わった。この劇的展開に驚き唖然とする弟子たちに向かって主イエスは告げました。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」弟子たちは何をまだ信じていなかったもの、それは、自分たちが確かに神に愛されているという現実です。

弟子たちはたった今、神の愛の現実を目撃したはずなのです。その愛は自然さえも従わせる力ある愛であるということを。弟子たちは、自分たちが人生の波風に支配されているのではなく、それらをも支配する神の愛の風に吹かれ、愛の波に満たされているのだということをここで経験したのです。しかし、「まだ信じない」のです。彼らは、嵐が静まったという目に見える現実に心捕らわれるばかりで、目には見えない現実、自分たちの物差しなどで測りようもない圧倒的な愛の支配に対して鈍いのです。実に、眠っていたのは弟子たちの方なのです。

この聖書箇所は、弟子たちの問いで終わります。「一体この方はどなたなのだろう」(41節)。彼らはこの問いを繰り返しながら、主イエスについていきます。その問いの究極が、主イエスの十字架であり復活の出来事です。主イエスに付いて歩んできた日々、そこで主イエスから見聞きしてきた主の業と言葉は、この十字架と復活の出来事を指し示すものでありました。ここにおいて弟子たちの問いは極まり、そして完全な答えが示されるのです。

今日の箇所もその一つです。舟中で眠る主イエス。それは十字架の死の眠りとして読み取ることができます。つまり、この出発地点ガリラヤ湖において、既に十字架の死と復活が語られています。主イエスが捕縛され、裁かれ、十字架に磔られる時、怖れ逃げまどった弟子たちの姿が、既にここに現れています。そして眠りから起き上がり、逆らいようのない自然の力をも支配したところに、復活の出来事(死をも越える神の愛)が物語られています。

弟子たちは、主の十字架と復活の出来事を、ここで体験しているのです。いえ、もっと正確に言えば、弟子たちも、そして私たちも、いつ何事においても、十字架と復活の出来事を生きているのです。

十字架上で主イエスは叫ばれました。「我が神、我が神、なぜわたしを見捨てられたのですか。」この叫びは、世に数多溢れる人々の絶望の代弁です。「わたしたちが溺れ死んでも構わないのですか!」との張り裂ける叫びが、十字架の上で担われているのです。十字架上の叫びに対し、天の神からの反応は皆無でした。神の沈黙という絶望の中で主イエスは死なれた。これはわたしたちにとって深い問いです。なぜ神は子の苦しみに応えてその時、十字架から助け降ろしてやらなかったのか。神が愛ならば当然ではないのか、と。やはり私たちはそこで自分の物差しで神の愛を測定せずにおれないのです。

しかし、神は三日目(絶望のただなか)にその応えを示されました。十字架の苦痛からの解放ではなく、それを超えた、死の絶望からの復活でありました。「わたしはあなたを決して見捨てなどしない」。十字架で担われたすべての叫びに対する完全な応答です。波や風はおろか、死をも支配する愛の絶対があります。

「キリストはまだ舟の中にとどまりたもう」(マルティン・ルター)私たちは自分の想定を狂わせる出来事、面倒で厄介なこと、目を伏せたい悲しい出来事に遭遇します。人生の嵐の中で独り焦り、騒ぐのです。「まだなのか。神は何もして下さらないのか」、「わたしは見捨てられ忘れられているのではないか」。己の時間、己の期待に基づいて神の愛を測ろうとし、失望するのです。けれども、忘れてならないのです。わたしがどんなに焦ろうと、嘆こうと、キリストがこの舟の中におられるという事実はなんら変わらないのだということを。そして、この方がこの死をも支配する愛の主であるという事実は、状況になんら左右されないのだということを。

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