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私は高校時代、弓道部に所属しておりました。初めて矢をつがえて弓を引き絞るときは、正直言って、怖かったです。しかし、練習を重ねて行くにつれ、楽しさと共に、怖さは薄れていきました。私がある日、朝練習に出かけようとしたとき、母が急に穏やかではない調子の声で、私をテレビニュースに注意を促しました。観ると、とある高校の弓道部のことが取り上げられていました。顧問の先生が生徒にお手本を見せていると、誤って放つタイミングではないときに矢が放たれて、その矢が外から見ていた弓道部員に刺さったということでした。その学生は、重い怪我ではありましたが、命に別状がなかったようです。自分の身近な弓矢は、使い方を誤れば、人を肉体的に傷つけ、ときには殺しの道具にもなってしまうのだと、改めて思わされた瞬間でした。

エフェソの信徒への手紙の著者にとって、信仰者が戦う相手として立てているのは、悪魔です。続けて悪魔の勢力としているのが、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊としています。到底、人が太刀打ちできないだろうと思わされるような勢力です。著者は、これらの勢力との戦いは、血肉が相手ではないことから、武器を取って傷つけることで勝てるものではないといいます。「悪魔の策略」というのを考えますと、むしろ、武器を取ることを唆し、あるいは武器よりもさらに卑劣な方法を使って、他者を貶めたり、傷つけたりすることを人に促すのではないでしょうか。悪魔の策略とは、人が被害者の立場に居続けるだけでなく、ときに加害者の立場に変えてしまう罠を仕掛けているものです。
人間が力に勝とうとするとき、その手段は力に対して力を行使する手段しか持ちません。その勝ち方は、さらに新たな戦いをうむという、悪循環になります。戦いを終わらそうと力を使えば使うほど、次から次へと戦いが始まっていくのです。著者が言う「血肉の戦い」とはそういう戦いです。では、戦いを本当の意味で終わらせるには、どのように臨めばよいのでしょうか。その戦い方とは、抵抗し、立つこと(13節)であるといいます。そして著者は、「神の武具を身に着けなさい」と言います。神の武具を身に着ける人は、神様に所属している人であり、神様が頭から足先まですべてを守って下さっていて、悪に抵抗する力も与えて下さっていることを意味しています。

「神の武具を身に着けなさい」という一言には、あなたたちは今、戦いの前線にいるのだという警告も兼ねています。戦場における前線とは、いつ敵の餌食になってもおかしくない位置です。悪霊とは、目に見えるものではないからこそ、いつでもその支配に置こうとはたらいている力です。
ところで、ローマ帝国軍の戦闘方法は、敵と1対1で行うものではありませんでした。彼等の戦い方は、仲間同士が身を寄せ合い、その陣形を崩さずに前進していくという戦い方でした。それは、自分が剣で敵を攻撃しながらも、同時に隣の仲間の盾によって守られて、また自分が持っている盾が隣の仲間を守るという戦い方でした。
この手紙が、エフェソにある教会の人々を宛てて書かれたということは、教会に居る一人一人全員を対象にしているということです。つまり、教会員一同がお互いに守り合いながら、目に見えない悪霊に立ち向かおうと鼓舞しているのです。
18節〜20節では、祈りについて書かれています。だれかのために神様に祈ることは、自分の持つ信仰という盾が隣の仲間を守る事なのではないでしょうか。唯一の神様への信仰を持つ一人一人は、決して、孤独になることはないのです。自分がだれかのために祈っている一方で、同じ信仰をもつだれかによって、自分自身もまた祈られています。

この戦いは、私たちが勝利する必要はありません。勝利を得るべきなのは、神様おひとりだけです。と、いいつつも、勝敗は最初から決まっている、神様はすでに勝利しているといったほうが正しいのではないかと思います。この世界が神様の創造物であり、造られたすべてが神様のものであるならば、悪霊もまた、神様の手の内にあるということではないでしょうか。
私たちが身に着ける神の武具は、神様の勝利を全身で証しするものです。そして、私たちは孤独に戦うのではありません。それは、お互いを信仰の友として助け合い、祈り合う姿勢です。 確かに、悪魔との戦いは厳しいものです。しかし、悪魔でさえも神様の支配に置かれているのですから、神様の勝利は決まっています。救いが実現するその日まで、この世の支配に対して共に忍耐し、一緒になって声を挙げ、進んで参りましょう。

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