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王が決算をしたら、ある家来に巨額の負債が発覚した、という譬え話。この家来自身、ある時から自らの負債を算定することさえ不可能になっていたでしょう。もはや無自覚に貪り続けて来てしまったのです。ところが、王はこの家来を赦しました。それも全額を帳消しにして。巨額負債は王国にとっての大損害ですから、当然この措置に納得しない家来もいたでしょう。王へのあらぬ疑惑も浮上するでしょう。信用も権威も失墜する恐れがあるのです。
それでも王がこの家来を赦したのは、ただ「憐れに思った」からでした。聖書の説明は、それ以上でも以下でもありません。「憐れみ」とは何でしょう。「はらわたが痛む」(原語でスプランクニゾマイ)と、言葉自体の意味を説明されても、いま一つ実感をもって伝わりづらいものです。憐れみが妨げられてしまう最大の理由は、「自分は憐れではない」「悲惨だとは思わない」という、あなた自身の思いかもしれません。

今年2017年は、宗教改革500年と共に、「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」(北光教会ホームページに掲載)発表から50年の節目です。この告白は、教団としての信仰的必要によって生み出された自発的な告白でした。いわば、それは扉を開いて主の前に立った出来事であり、放蕩息子が我に返った出来事でありました。直接的・間接的に戦争に加担してしまった罪、神を神とせず、信仰と愛と希望をもって罪と悪に闘い得なかったことが告白されました。内容不十分との評価があるとは言え、その告白なしに教団は、次の一歩を踏みだすことはできませんでした。「なんと我々は神の目に悲惨であったか」「神と隣人に対して罪深かったか」、「それにも関わらず、あの時、神がどれほどこの世界を教団を憐れんでいて下さったことだろうか」との視点に立たせて頂くことができて初めて、日本基督教団という教会は次の一歩を踏みだせた、福音を語り始めることができたはずなのです。わたしたちにとって幸いな道とは、できれば罪を告白せずに済む道を選び取り続けることではなく、赦しあえないこの世界、愛し合えない現実を生きているわたしの憐れも、悲惨さも、罪深さも告白できる神が、そこで待ち続けて下さっているということです。実に神は、扉の外で待っておられます。私たちが取り繕わず、御前にそのありのままの姿で立つことを。

「はかりも知れない。神の恵みよ。わたしの罪も、ゆるされるのか。」「今日まで長く、招きを拒み、み顔を避けて、歩み続けた」(讃美歌21- 442)これは罪の告白です。主を避け、悲しませてきた。主の恵みを頂きながら、その恵みを負債にしてしまうような生き方をしてきた。もはや、どうしてもお返しすることなど出来ないようなこの自分が、赦されるだろうかと。しかし、主はその告白をこそ待っておられるのです。そして、「手の傷しめし、み腕をひろげ、迷う私に主は呼び掛ける」(同4節)のです。

同じ18章で語られる迷い出た羊は、迷い出たその瞬間から命の危機に直面している点で、この家来よりも深刻です。だから、必死に生き延びる場所を探すのです。しかし、それは文字通り「必死」です。それでは必ず死ぬるのです。しかし、その羊のために、羊飼いは財産である99匹を置いてでも探しに出かけました。羊飼いの心には、ただ憐れみが満ちています。一匹を愛するゆえの激しい動揺があります。羊飼いは、羊の置かれている悲惨さを自分のものとして苦しみ、恐れています。神は、その愛ゆえに恐れる方です。しかし、またその愛ゆえに、恐れを締め出し、絶対に見つけ出すのです。羊を見つけ出した羊飼いは、それこそ「手の傷しめし、み腕をひろげ、迷うわたしに主は呼び掛ける」のです。

神の愛、神の赦しとは、ただ寛容で美しいというものではありません。「そういうものだろう」と人間が願望も込めて思い描くものを超えた「破格」のものです。心を裂き、破れだらけ、傷だらけ、それは絶対にあなたを諦めないとの証しです。その証しが十字架には示されています。主がわたしたちの悲惨さを、憐れな様をご自身のものとして味わわれたという事実をここに見出すのです。唯一無二の存在としてこのわたしを大切に思うて下さる神の唯一無二の愛は、7(日)×70(週)=490日間限定ではありません。その赦しには「これで終わり」はないのです。そうであるならば、私たちにあるのはいつも赦されたものとしての「始まり」だけです。
「あなたは、最初から終わりを決めてはならない。あなたの生かされている天の国は広いのだよ」。そんな主の呼び掛けが聴こえないでしょうか。

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