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>札幌北光教会/トップ  >牧師紹介・説教  >木にのぼったザアカイ


ザアカイは、エリコの町に住む人たちからお金を集め、ローマという大きな国に収めていた徴税人でした。ザアカイはローマという大きな国の権威、力を味方にして自分の思う通り余分にお金をとっていた人でした。だから、みんなからよく思われず嫌われていました。

ある日、騒がしい声が聞こえます。みんなイエス様を見に走って行きます。ザアカイもイエス様を見ようと思いました。イエス様がどんな人か噂で聞いていました。何でもイエスという方は、自分と同じ徴税人の仲間と食事をした人だということ。他の人たちのように自分たちを毛嫌いしない人だということを知っていたのです。

ところが、ザアカイは背が低かったため、前にいる人たちに遮られてイエス様を見ることができなかったのです。そこでザアカイは木に登りました。おじさんが木に登る姿を思い浮かべると滑稽だけど、それほどザアカイは必死にイエス様を見たい気持ちだったのです。お金はたくさんあったけど、心はとっても寂しい気持ちだったのだろうと思います。何としてもイエス様を見たいという思いがあったからこそ、イエス様との素晴らしい出会いは始まりました。

私たちも色んな方法で教会に来たかもしれないけど、いつしかイエス様との出会いの喜びに引き込まれてしまったのではないでしょうか。この喜びは、ザアカイさんと通じるものがあります。

さて、イエス様はその場所に来ると上を見上げ、ザアカイの方をご覧になりました。そして、イエスさまは、びっくりすることをザアカイに言ったのです。「ザアカイ、急いで降りてきなさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」
初めて会った人なのに、すごいですね。ザアカイはすぐにそのお誘いに応えました。急いで降りてきて、喜んでイエスを迎えたのでした。

ザアカイはイエス様との出会いを通して、初めて自分自身について深く知ることができたのだと思います。自分の罪を知るだけの柔らかな心を持つことができました。それまで彼はかたくなな人だったでしょう。それは人々に差別され、疎外されるときに、抵抗するより他ないひとつの道は、かたくなになることだからです。

ザアカイは、今までの悪いことを謝りました。取りすぎたお金はみんなに返したのです。それはとても勇気がいることだったと思います。でも、ザアカイは喜んで返したのだと思います。なぜなら自分が神様に愛されているという真実の値打ちを知ったという喜びがあったからでした。無理やりにでもお金を取って自分の生活だけを大事にしようとしたところでは、大切なものはお金だけでした。イエス様は、「人の子がきたのは、失われたものを尋ねだして、救うため」と言われました。ザアカイは、神さまからも、隣人からも、そして自分で自分を見失っていたのでした。神様から与えられたものを喜んで受け、与えられたものを喜んで少しでも分け合って生きるところに真実の自分があることに気づいたザアカイは、今まで大事だと思っていたことを手放し、今度は神様の愛をしっかりつかみながら、少しずつ自分を取り戻していったのだと思います。

最後に、何人もの人がこのザアカイの物語で注目している一つのことがあります。イエス様は「今日、救いがこの家にきた」と言われました。「この人だけに来た」とは言っていないのです。ザアカイに家族がいたのか分かりませんが、イエス様は、「救いがこの家に来た」と言いました。

その家の一人が神様のもとに帰ることに気づいたとき、神様との出会いを真に求めたときに、「この家に神様の祝福がある」ということをイエス様は言っています。

皆さんの中には自分の家族から離れ、ここに一人できている方もいらっしゃるかもしれません。自分の家族のことを心にかけながら、祈りを篤くしている方もあるかもしれない。イエス様はその方に対して、「まだあなたの家に救いは来ていない」とは決して言われず、「今日、あなたの家に救いがきた。あなたを通してあなたの家がまるごと祝福の中に置かれる。そのことを信じなさい。そして、その祝福の担い手として生きなさい」とイエス様は言われます。そしてこの祝福はこの家だけで終わらず、この世界が祝福の中に置かれることを意味すると信じます。

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