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カナン人の女性が叫びます。「主よ、ダビデの子よ、私を憐れんで下さい。娘が悪霊にひどく苦しめられています」。主イエスが最後の頼みでした。ある翻訳では、「わたしの苦しみを分かって下さい」です(『小さくされた人々のための福音書』本田哲郎神父著)。彼女が必要としているのは、自分一人では抱えきれない苦悩と恐怖を一緒になって受け止めてくれる人でした。
ユダヤ人から見たカナン人とは、律法を持たず、異教の神を拝する汚れた民であり、救いの外にある者、よそ者でした。しかし、ひたすら主イエスを求め続けたのです。それしか彼女にできることはなかったからです。これは娘への愛の業だったのです。

ところが、主イエスは、その愛の片鱗もないような冷徹な態度を示されたのです。「私は、イスラエルの家の失われた羊の所にしか遣わされていない」。つまり、「あなたはわたしの羊ではない」といって拒絶されたのです。ユダヤ人と異邦人との間に、あからさまな一線を敷いたイエス・キリストの態度に、私たちは何を読み取ることができるでしょうか。

わたしたちは教会が「キリストの体」であると信じます。キリストご自身は、目には見えなくても、主によって互いに結び合わされた私たちがキリストの体として語り、仕え、用いられているのです。それならば、ここでの主イエスは「ひどい!最低!」と批判する時、それはただちに自己批判となるのです。

アメリカ大統領が、指定七か国からの入国を一時的に禁止する大統領令を発令しました。横暴かつ露骨な仕方で一線を敷いたがために、世界中で反発と混乱が生じています。こうした問題は、人間の本質とも言うべき所に根付いていると言えるでしょう。互いの間に線を敷こうとする心は、実際私たち皆が抱えているものです。一定のところで相手をシャットアウトする。そうした一線は自分を守るために必要だと感じています。その一線を取り除くと、もう自分が壊れてしまう、飲み込まれてしまう恐れがあるからです。確かに一線を設けることは必要なのです。

最近、○○ファーストという言葉が平然と飛び交っています。主イエスの態度は、いわばユダヤ人ファーストです。私たちの中にもそうした自己中心主義、自己満足主義、自己保護主義があるでしょう。今に世界全体で「それの何が悪いんだ」という風潮が跋扈することでしょう。そんな時代の嵐の中で、キリストの体としての私たちがどこに立って生きていくのか、今日の箇所は問いかけています。

主イエスは追い打ちをかけるようにカナン人の女性に言いました。「子どもたちのパンを取って小犬にやってはいけない」。この屈辱的な言葉に対し、しかし彼女は逆上することなく、こう訴えました。「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」「小犬でも、おこぼれを頂くのです」との言葉に、主イエスは、はっとさせられ、ここで態度を改めるのでした。

彼女は、自分が主の前に相応しい者であるとは微塵も思っていません。むしろ、娘のために何もしてやれない己の無力、主イエスについて何も知らない無知を痛感しつつ、主に顧みて頂く資格も権利も何一つ持ってなどいない不相応な人間です、と告白しているのです。しかし、この告白が、主イエスの心を揺さぶりました。主イエスは「分かった」のです。

「分かる」ことは「分ける」ことです。何も分けられていない混沌としている所に一線が敷かれる、分別されることです。天地創造物語は、朝と夕に分けられ、海と空に分けられる様子が描かれます。創造とは、分けられていくこと、「分かっていくこと」なのです。私たちには、自分で分かっていると思っている線を更に押し広げていく可能性があります。それが神様の創造の業なのです。

主イエス降誕の時、黄金・乳香・没薬を携えてやってきた学者たちは、異邦人でした。マタイによる福音書は、最初の主イエスにひれ伏した人が異邦人であったと告げています。そして何よりも大きな出来事は、神が、神と人という一線を押し広げてやって来られたということです。主イエスは、ご自分の前にひれ伏すカナンの女性の叫びにより、ご自分が、誰のために何のために世に遣わされているのか、本当に分かったのです。そしてこれはキリストの体である私たちの物語です。キリストの体として、み言葉に押し出されて、私たちの中にある一線を押し広げていく、「分かっていく」ものでありましょう。そこでこそ、神の限りなく広い愛の世界が分かってくるのです。

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