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主イエス・キリストのもとに集まった多くの人の夕食を心配した弟子たちが申し出ます。「群衆を解散させてください。そうすれば自分で食べ物を買いに行くでしょう。」数多くの病人を癒して疲れた主イエスのことを、そして夕暮れ時になって空腹の人びとのことを心配しての、この弟子たちの意見は「真っ当」です。しかしこれはおそらく主イエスの嫌いな言葉でしょう。弱った者にいわゆる「自己責任」を負わせるからです。

主イエスは言われます。「あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい。」すかさず弟子たちが反論します。
「ここにはパン五つと魚二ひきしかありません。」この言い分は理に適っています。僅かの食料で数千人の空腹は、どう考えても満たすことはできません。弟子の言葉の強調するところは「しか」です。それを主イエスは聞き漏らされません。さらに主はたたみかけるように言われます。「それをここに持ってきなさい。」
弟子たちが不満ながらも従った結果は、全員の満腹と最初よりも増えた残りの食料でした。

…………………
「パン五つと魚二ひき『しか』ありません」……?

この言葉は、わたしたちのものでもあるのです。わたしたちはいつも、いつまでたっても「……しかない」ことを理由に掲げて、しなければならない大切なことをせずに済ませてはいないでしょうか。「しない」ことは「現状維持」です。楽で、無難で、安全です。だから理由としてもっともらしく、便利なこの「しかない」という言葉をあらゆる場面で応用するのでしょう。

イエス・キリストの言葉に出会うとき、それに心打たれ、従うことが正しい道であると気付く、しかし「……しかない」との思いがわたしたちの行動を阻むのです。いいえ、実は安堵するのです。しても、しなくても、大きな違いはない、そう思って自分を納得させ、結局「しない」のです。何しろ「……しかない」のですから。

小さな働きを「する」か「しない」かの違いは、結果として大きな違いとなって現れることを聖書は教えます。わたしたちが「たいしたことではない」と考えていること、しかしそれは、もしかすると、生命に関わることかもしれません。「それをしたために起こる大きな結果」ではなく、「それをしなかったために起こらなかった大きな結果」に対しての責任を、聖書はわたしたちに問いかけるのです。
…………………

必要とされて主イエスの働きに用いられる生涯は何と生き生きと満たされたものでしょう。何も持たなくても(ように思えても)わたしたちは存分に主の務めを果たすために用いられるのです。いいえ、持っていないからこそ自由に用いられるのではないでしょうか。持たないことを決して働かない理由としてはなりません。主イエス・キリストは何も持たないわたしたちに語りかけます。
「あなたが彼らに与えなさい」
「わたしにはこれだけ『しか』ありません」
……「しかないって言うな!」

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