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復活の主イエスが弟子ペトロに語られた言葉をもって、ヨハネによる福音書は締めくくられます。最後の主イエスの問いかけは、三度繰り返されます。「わたしを愛しているか」。ペトロは三度答え返さなければなりません。「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」。福音書において「三度繰り返す」ということは、それが揺るぎなく、決定的なことであることを意味します。かつて十字架の出来事を前にしてペトロが主イエスとの関わりを否定したのは、つい先ごろの出来事でした。しかし、今度は否定ではなく、主イエスに従っていく決意を告白しています。

そのようなペトロに主イエスは「わたしの羊を飼いなさい」と言われます。羊を飼うというのは「あなたは生涯を牧者として歩みなさい」ということです。しかも主がペトロに宣告されたその生涯は「あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくない所へ連れて行かれる。」というものなのです。

ペトロはこれまで、主イエスの言葉にのみ従って行動していました。他の誰にも依存せず、自らの意志によって決断することができました。言わばそれは力強い歩みです。必要と思う時に「自分で」帯を締め、「自分の」思う道を歩んでいたのでした。主イエスの復活後それが一変します。そしてそこからこそが、ペトロの真の弟子としての歩みなのでした。他の誰にも妨げられず、誰にも煩わされず、自分の決断と行動力とに支えられるのではなく、むしろ人によって定められ、担わされ、ときには苦しめられるなかにあって進む道であることを主イエスは示されたのです。それはペテロにとって、「どのような死に方で、神の栄光を現すようになるか」という、まさに彼がこれから背負っていく十字架の道を示す言葉でした。弟子に対して主イエスが示される道は、主イエスの十字架に続く者としての道を、しかしペトロは喜んで受け入れます。それは復活の主と出会い、復活の主から「羊を飼う者」となる使命を与えられた者の喜びでした。これからがペトロの真の弟子としての歩みです。その始めに際し、続いて主イエスは、常に先立って歩まれることを、ペトロに約束するしるしとして、恵みと祝福とをもって語られました。「わたしに従いなさい」と。

ペトロは大きな喜びをもって主イエスに従っていこうとします。死を打ち砕き、今や天にある者としての姿を明らかにされた、復活のキリスト・イエスと共に残る生涯を歩んでいくことができることの喜ばしさを全身全霊で感じ取りながら、ペトロは自らの道を主イエスに委ねていく決意をしたのでした。

しかし本当に大切なことは次に言われた主イエスの言葉に込められています。ペトロと共に歩むのは主御自身のみであるということを主は示されるのです。彼は、自分と共に歩む他の人々を与えられないのです。主に従っていく道をペトロが示された時、ペトロの横に、後ろに、あるいは周囲に、同じく主に従う道を示された弟子たちがいたはずです。彼らもまた主イエスに愛される弟子たちです。「振り向いた」ペトロは特にそのなかで、自分に付いてこようとしている弟子を見ます。彼のことに思いを寄せ、配慮し、たまらず「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と主イエスに尋ねます。ペトロは、「かつてそうであったように」その弟子と共に主イエスのわざを担っていきたいと願ったのでしょう。彼をさしおいて、自分一人だけが新たな道に入ることはできないと思ったのかも知れません。しかし、主イエスはそのようなペトロの思いを断ち切らせるかのように言われるのです。

「あなた『は』、わたしに従いなさい」

振り返るのではなく、他の者を配慮するのでもなく、わたしを見、わたしのみに従いなさいと言われるのです。主イエスは、「あなたの道を示すのは、わたしである、大切なのは、あなたとわたしとの関係のみである」と言われるのです。

わたしだけがあなたに従えば、この人はどうなるのでしょうか。そんなペトロの心配をよそに、主イエスはきっぱりと言われます。「あなたに何の関係があるか。あなた『は』わたしに従いなさい。」

あなた「が」わたしに従いなさいと言われたのではなく、あなた「も」わたしに従いなさいと言われたのでもなく、「あなた『は』、わたしに従いなさい」と言われたのです。数多くの者のなかからペトロひとりを引き出すのではなく、他の者と共に召し出すのでもないのです。あなたは「別」であるというニュアンスが込められているのです。

主イエスの選び、主イエスの招き、主イエスの召しは、常に「ひとりの主とひとりのわたし」という、一対一の関係において起こります。主イエスは、わたしたち一人ひとりに、「わたしを愛しているか」と問いかけられ、わたしたちは主イエスを愛する以上のいかなる善きこともないということを告白するに至ります。そして主イエスは、わたしたち一人ひとりに「あなた『は』わたしに従いなさい」と言われ、それぞれの生涯を導かれます。振り返れば、何があっても、誰がいようとも、「わたし『は』あなたに従います。」と主イエスに応えましょう。 わたし「は」の信仰、告白しましょう。

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