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讃美歌520「真実に清く生きたい」の日本語訳詞には、神もキリストも聖霊も出てきませんので、これのどこか讃美歌なのか?と思ってしまうかもしれません。しかし、歌詞を良く味わってみる時、そこに歌われているのは、イエス・キリストの生涯そのもののように思えます。友のために真実に清く生き、友なき者の友となって下さった。報いを求めず、驕り高ぶることなく、謙って愛の人として歩み抜いた。そんな主イエスを思い起こしつつ、自分もまた神様の愛に力づけられて、主イエスと共に、行く手は遠いかもしれないけれど、心を高く上げて、謙虚に、自分の弱さを自覚して歩んでいこう。そんな神様への信頼と祈りが込められた、まさに「讃美歌」なのです。今日、伴奏して下さった北星女子中高ハンドベルクワイアの皆さんへのメッセージとして、この曲を選曲させて頂きました。

そして本日の聖書箇所にも関連します。ルカ8章1〜3節は、一読すると特別伝道礼拝の今朝、わざわざ読まなくても、と思う何でもないような箇所です。しかし、この箇所でルカ福音書が女性たちの存在に注目しているという点で、実は北星女子中高の皆さんを迎えた今日こそ相応しい箇所と言えるのかもしれません。

主イエスに従って旅をしていた女性たちが大勢いたという事実を、ルカ福音書はその書にしっかり書き記しました。ここに出てくるマリアやヨハナという女性は(おそらくスサンナもそうです)、主イエスが十字架に磔にされた時も、墓に葬られた時も、その現場で様子を見届けていました。そして復活なさったイエスに最初に出会ったのも彼女たちでした。逃げ隠れした12人弟子たちとは違って、一貫してその場に居つづけたのです。こうして一貫して主イエスと共に歩もうとした女性たちの存在、その奉仕がなければ、イエスと一行の宣教の旅は成り立たなかったのです。

実際、食事・洗濯・水くみといった日常を中心で支えていたのは彼女たちだったことでしょう。細かいことに心を配りながら、無いものだらけの中で、互いに力を出し合い、笑いあい、励まし合い、祈り合ってきた。それは福音書の中にわざわざ書き記されるほどのことではないかもしれないけれど、そうした働きこそが神の御業であったと言えるでしょう。病の癒し、死者を甦りといった目を引くような出来事ではなくても、彼女たちの一貫したその奉仕の旅、それこそが本当の奇跡だったのです。

それならば来年120周年を迎える札幌北光教会の歩みも、奉仕の旅であったと言えるでしょう。毎週の朝夕の礼拝のため、様々な奉仕の業がなされています。受付、案内、手話、花壇、説教題掲示、お見舞い、祈り、食事(愛餐)、コーヒー、こどもたちのための業等々、枚挙にいとまがありません。地下1階から5階まで本当に思いがけない奉仕が尽くされてこの礼拝が捧げられているのです。

神の愛のもとで、お互いに出来る働きで仕え合い、讃美歌520番のように、真実に、謙虚に、評価や報いを求めないで愛の業に励んできた、このことこそ本当に驚き、喜ぶべき奇跡です。そうやって営まれる礼拝において、神様は豊かな祝福と共に臨んで下さっているし、私たちも益々心からの感謝と喜びをもって礼拝に臨みたいものです。

そして、北星女子中高の皆さん、親御さんにも、ぜひこれからも続けてこの教会の礼拝の交わりにつながり、神と人に仕えていくこの教会の奉仕の旅を共に歩みながら、主イエスに従っていく喜び、希望、平安を分かち合いたいと願います。

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