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>札幌北光教会/トップ  >牧師紹介・説教  >天の国ってどんなところ?!


イエス様は「たとえ」を用いてお話をして下さいました。皆が知りたいと思うこと、今日の個所のように「天の国ってどんなところ?」ということも、イエス様は思いがけないものや、皆の身近にあるものを用いながらお話してくださいました。それは、私たちが今までの経験などから思い込んでいたこと、決めつけていたことを根底から覆すような、驚きや喜びのつまった話でした。

今日の物語は、二つあります。まず一つ目。畑に隠された宝を偶然見つけた人がその宝を埋め直し、大喜びで帰っていく。そして、自分の持っている全てを売り払い、戻ってきてその畑全部を買う。というものです。 イエス様の時代、宝物は壺に入れて、穴を掘った土の中へ隠しておくのが最も安全で一般的な方法でした。そして、持ち主が亡くなったり、外国人に捕まるなどして土地が他の人の手に渡ると、その宝は偶然に発見されるまで隠されたまま、ということはよくある話でした。

この人は、宝物を見つけた後に畑を全部買うので、もともと畑の持ち主ではなく、主人から畑を借りて土地代を払いながら生活している小作人でした。それほど裕福ではない小作人が、見つけた宝それだけを持ち帰らずに、わざわざ埋めなおし、再びやってきて畑全部を買うようなことをなぜしたのでしょうか。宝物だけ持ち帰ったら良かったのです。畑を買うことは大変なことでした。

小作人は神様の姿でもあります。私たち人間を宝物として下さって、一人ひとり広い畑の中から見つけ出してくださる。そして、主イエスを十字架にかけるという方法で手放して、畑全体(私のすべて)を買い取ってくださる。それはすなわち、私の一部分だけを神様は大事にしてくださるのではなく、私たちの人生のすべてを大事にしてくださるということです。私の人生の幸せだったこの一部分を神様は祝福してくださっていた、のではなく、辛い時、悲しい時、病気の時も、もちろん健康で幸せのときも同じように、昔も今もそしてこれからも、私の人生まるごと引き受けてくださる、ということです。天の国とは、神様の愛と祝福が私たちの全てに注がれているということです。

そしてもう一つのお話が続きます。一人の商人が良い真珠を探しています。高価な真珠を見つけると、やはり自分の持ち物をすっかり売り払って、そのたった一つの真珠を買うのです。この時代、真珠というものは、今よりももっと貴重で高価でした。その高価なものを探している人ですから、きっと裕福な人でしょう。でも、裕福な人が、自分の持ち物を全て売り払ってしまうほどに、その一粒の真珠は価値のあるものだったのでしょうか。たった一粒にそれほどまでのものを見出しているのです。神様も同じように、私たち一人一人を高価な真珠として、「あなたは高価で尊い、私はあなたを愛している」と、値高い一人として愛して下さっているということです。神様と私、一人と一人として関わって下さっている。その私の全てを神様が包み愛して下さっている、ということ、それこそが天の国、神様の支配されているところ、祝福で満ちているということです。

「神の国は見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」とイエスさまが言われている通りに、天の国というのは、私たちのこの日常のありふれた中にあります。私たちは神様の祝福の中にあり、いつも天の国に迎え入れられていることを喜び、感謝する者でありたいと思います。

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