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「幸福学」という学問を研究しているエリザベス・ダンという女性の心理学者が、自身の調査結果に基づいてこんな発表をしました。

「人は所得などの特定の価値を得ることが、必ずしも幸福に直結しないにもかかわらず、それを過大に評価してしまう傾向がある。」

もっともっとお金があれば、学歴が高ければ、地位が高ければ、美しくあれば、格好よくあれば・・・など色んな願いが叶ったところで、必ずしもそれらがその人の幸福に結びつかないにもかかわらず、人は、それを過大に評価してしまう傾向がある。」と言うのです。

綺麗な洋服は「虫が食ったり」、見た目も中身もカッコがよい車も「さび付いたり」、どんな丈夫な金庫を買っても、盗人が忍び込んで盗み出したりする「宝」なのに、それそのものが、人間に幸福を与えるもの、平安を与えてくれる絶対的な尺度だと考え、過大に評価しているというのは、今日の聖書でイエスが語った時代の話だけではないようです。

イエスは地上に富を積むなと言われます。福音書で、富と平安との関係について、様々な角度からとりあげられています。

ルカによる福音書12章(20〜21節)では、「神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」沢山の財産も、いのちを失えば、何の意味もなくなってしまうと言うのです。

旧約聖書では、この世の財産が、人間の判断を惑わすか、再三、注意されています。

例えば「あなたが食べて満足し、立派な家を建てて住み、牛や羊が殖え、銀や金が増し、財産が豊かになって、心おごり、あなたの神、主を忘れることのないようにしなさい。」(申命記8:12-18)おごり高ぶる心によって、私たちの目はにごってしまい、人にとって大切な真理が見えなくなるのです。

イエスが語られた「幸せ」というものは、私たちの求めるものとは違います。受難週において私たちは、当時の人々が、「強さ」や「権力」といったものを 救い主イエスに求めていたことに対して、人々の苦しみや罪を贖うために、イエスが受難の時を迎えられたことを知ります。現代のように、キリスト教は礼拝で、人々が求める即効性のある特効薬を提供しているのではありません。むしろ、岩から水が滴り落ちるように、少しずつ、少しずつ、神の御言葉は、私たちの心に届くのです。答えの出ない、人生の不条理さ、言葉を失うような出来事の数々に蓋をして、見ぬふりをしてしまうのではありません。むしろ、そうした悲しみや怒りや、もう取り返しのつかない悔いや苦しみ、そんな人間の営みの中にも、語りかけるのです。

「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである」

「悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる」とイエスは語ります。

心の貧しさ、自分の中に何もない、空っぽな、渇ききっている姿を見つめなさい。

心が引き裂かれるような悲しみを、存分に味わい尽くしなさい。そこに神の恵みが注がれていくことを知りなさい。

イエスが語った「天に富を積む」ということは、他者と共に生きなさい。ということです。貧しいもの、弱いもの、その人たちと共に生きていきなさい。それが天に富を積む生き方であるのです。

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