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今日の箇所にはザカリアとエリサベト夫妻が登場してきます。この2人は律法をよく守り、神に忠実に生きていました。当時は正しい人には、神から祝福が与えられると信じられていたのですが、夫婦には長い間子どもが与えられなかったのです。ザカリヤは人々から尊敬されていた祭司でありまして、アビヤ組というグループに属していました。当時は、祭司が順番に神殿で香を焚いていたのです。この行為は、通常は誰も入ることのできない聖所の中に、たった一人の祭司だけが入ることを許されており、生涯でただ一度だけと決められていました。ザカリヤは生涯でただ一度の祈りの時に、天使から「あなたのもとに男の子が生まれます」こう告げられる経験をするのであります。

ザカリヤは驚きつつも「何によってそれを知ることができるでしょうか。」つまり、信じられないと言うのです。なぜなら、夫婦は年老いていたのです。人間は傲慢な生き物ですから、「わたしにとって、納得できることが起これば神を信じましょう」という節があります。しかし、わたしたちはどれほど神の出来事を敏感に感じ取ることができているのでしょうか。例えるとすれば、人間が歩んでいる時間が左から右に刻まれていくのに対して、神の出来事というのは上から突然切り込まれていくようなものです。つまり人間の思いを遥かに超えたところで神は働かれるのであり、人の目から見ると理解できない事柄でもあり、予想することは不可能といえるでしょう。時折、わたしたちは自分が歩んできた道のりを思い返す時に、あの時はわたしにとって試練の時であり、悲しみの時であり、都合の悪いことであったけれども、後からその出来事を思う時に、それは自分にとって必要なことだったのだ、良いことだったのだ、それだけではなくて、あの時神様はわたしに働いて下さったのだと思わされることがあります。

私は14歳の時に、二つ年上であった兄を病気で亡くしています。突然わたしの兄は心臓の発作によって息を引き取りました。母子家庭として生きてきた私にとって、兄は唯一同じ境遇のなかで生きていた存在でした。その兄がこの世を去った時、家のなかのすべてが変わりました。誰もこの悲しみを分かってはくれないのだと落胆し、生きていた時があります。しかし、どんなに悲しい別れがあったとしても、それでも残された者は生きていかねばなりません。私たちにとって本当の苦しみとは、「なぜわたしがこんな目に合うのだろうか‥」と苦しむべき理由が分からない時です。しかし、わたしは自分が最も弱い時に神と出会いました。最も辛く苦しい時に、神の出来事を経験したのです。励ましを与えてくれる人との出会いを与えられ、安らぎを与えてくれる教会へと導いて下さった。わたしはそのような事柄の一つひとつに、生きていく力と、生かされている喜びを与えられました。神は悲しむわたしたちをそのままにはしておかれません。神が必ず働きかけ、神の時を与えて下さいます。

もうすぐクリスマスがやって来ます。ユダヤの人々にとって、イエス?キリストの誕生は暗闇に光る小さな光でした。けれどもその光は、消えることのない真理の光でした。神の時計は、人間の思いを遥かにこえて刻み続けられます。そして神の出来事に、わたしたちのようなものでさえも、心にかけて下さるのです。自分の思いを遥かに超えて、神の愛のなかを生かされていることを信じて、神の時を祈り求めつつ、歩んで参りましょう。「時が来れば実現するわたしの言葉を信じなさい」アドベントの期間、新しい神の恵みを受け入れる準備をして参りましょう。そして喜びをもってクリスマスを迎えましょう。

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