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NHKの朝の連ドラは、「まっさん」という題名で、余市でスコッチウイスキーを造った竹鶴政孝とその妻リタの物語です。スコットランドから、愛する人のためにやってきたリタさんのことに焦点をあてて、その主題歌「麦の唄」を中島みゆきさんがつくりました。中島みゆきさんの事実上のデビュー曲は1975年の「時代」ですが、この歌は阪神大震災の後も、東日本大震災の後も、歌い継がれました。中島さんのことばに癒やしの力があるのでしょう。「麦の唄」にもこんな歌詞があります。

麦は泣き 麦は咲き 明日へ育ってゆく

人は哀しくて涙を流す唯一の動物ですが、人間はなぜ涙を流すのでしょう。私たちはなぜ涙が止まらないほどの悲しみの中を生きなければならないのでしょうか。

中島さんの唄は、この問いに対する一つの答えです。「涙したものは、その次に、花を咲かすことができる。そして、そのことで育っていくのだ」ということでしょう。自分の弱さに泣いた人間は、他の人が涙するときの悲しさや切なさを共感することができます。そしてその共感が、人を育てるのです。

ベタニアにマルタとマリアという女性兄弟がいました。おそらく両親が早く死に、姉のマルタが中心になって家族を支えてきたのでしょう。当時のことですから、女性中心の家庭は貧しい生活を強いられたに違いありません。そのマルタとマリヤには弟ラザロがいて、このラザロは家族にとって期待の星だったでしょう。ところが、そのラザロが病にかかって亡くなってしまうのです。

マルタとマリアは、両親に続いてラザロという愛した人を永遠に失ってしまったのです。3度目の悲痛な悲しみで、それは自分たちの人生のすべてがなくなったと同然の悲しみでした。二人は泣き続けたに違いありません。

4日目に、イエスがやってきて、ラザロをよみがえらせたのです。マルタとマリヤは、それでとても喜んだという話になっています。けれども、このところで大事なことは、よみがえらせたということよりも、「イエスが涙を流した」というところだと思うのです。

ラザロがよみがえった・・・私たちはそこに関心を持ってしまいますが、それよりもイエスが涙を流したということに着目したいのです。これは大変珍しい記事です。イエスが涙を流したということです。それは神が一人の人の死を悼んだということです。マリアやマルタの悲しみを思って、神が涙したというのです。

古今東西の神の中で、人の悲しみに共感する神がいたでしょうか。人が涙するときに、その傍らで共に泣いて下さる神がいたでしょうか。イエス・キリストは、その生き様を通して神がどのような方かを証ししているのです。

私たちはここに大きな発見をします。私たちが愛する者を失って取り返しがつかない・・・そんな悲しみの中にある時、その私たちと共にいて、共に泣いて下さる方がおられるのだ・・・それが私たちの信じている神、イエス・キリストであります。

悲しいときには泣けば良いのです。嬉しいときには笑えば良いのです。泣いて、涙して、私たちは自分の弱さを知り、悲しさを知り、切なさを知ります。けれども、それが本当の人と人の絆を育てる力になるのです。そして、本当に自分を支えて下さる神との出会いになるのです。

詩編の作者は次のように歌いました。

涙と共に種蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。(126編5節)

私たちの涙も決して無駄に地に落ちるわけではありません。涙を蒔くものは、かならず、美しい花を咲かせることができるのです。それが神の約束なのです。

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