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イエスは「何を食べようか、何を着ようかと思い悩むな」と語っています。このイエスの言葉は、私たちが連想するご馳走を食べるとか、おしゃれをするという問題ではなかったのです。イエスの聴衆は、今日食べるものがない、明日着るものがないという生活をしている人たちなのです。その人たちに向かって、「食べ物や、着るもののことで思い悩むな」と言われているのです。

生活の根底をなしていることについて、思い悩むなというのです。「思い悩む」とは、自分の力でやってやれないかと考えることであり、神により頼むことをやめてしまいうことなのです。

そこで、イエスはこう言います。

「そんなに考え込んだとして、あなたに何ができるのか。自分にとって生きるか死ぬかの問題と思っているかもしれない。けれども、どんなに思い悩んだところであなたの人生を一日でも、あるいは1分でも延ばすことができるのか、それなのになぜ、そんなに思い悩んでいるのだ」と。

イエスがあげられたのが、カラスと野の花です。どちらも人々の間では価値あるものと思われていない存在だけれども、「神はそのカラスでさえ養い、野の花を装おってくださるではないか。ましてや、神が愛しておられるあなたたちを見捨てられるわけはない」と語ったのです。

あなたたちは神があなたを愛していることを知っている。それゆえに、「ただ、神の国をもとめなさい」と言われています。あなたの心を神にゆだねなさいと言われているのです。神がすべてを知っていてくださる。あなたの強さも弱さも、あなたの豊かさも貧しさも…すべてをご存知の方に、心から信頼して、ゆだねなさいということです。

そうすれば、すべての必要なものは必ず与えられるというのです。

「花子とアン」のドラマの中で何度も語られたことば、「曲がり角を曲がった先に何があるのかは分からないの。でも、きっと一番良いものにちがいないと思うの。」は実に印象的でした。人生の大きな曲がり角、先に何があるかわからない、もちろん曲がり角そのものは、悲しい出来事であり、不安になる出来事であり、辛い出来事です。けれども、その先に「良いものがある」「美しいものがある」と信じられるというのはなんという強さでしょうか。

赤毛のアンの作者、ルーシー・モード・モンゴメリは2才になる前に母を亡くし、厳しい祖父母に育てられる幼少期を過ごします。長じて再婚した父の元にいきますが、新しい母親となじめなかったようで、また祖父母のところに戻るという辛い経験をしています。辛い暮らしが続く中、やがて相談相手となる牧師と出会い、婚約し、それから書いた物語が「赤毛のアン」なのです。

曲がり角の先にあったもの、「一番良いもの」は、きっと神の愛であったに違いありません。

イエスは弟子たちに「小さな群よ、恐れるな」と言いました。弟子たちのことを「小さな群」と呼んだのです。あるいは、教会を「小さな群」と呼んだのです。私たちは力があるから恐れるなと言われているのではありません。私たちが小さいということを神がご存知なのです。弱く力が乏しいということもご存知なのです。けれども、「私があなたを愛しているから、小さい群よ、恐れるな」と呼び掛けて下さるのです。

すべてをこの主にゆだねて、歩んで参りましょう。

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