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昨今の憲法を巡る動きと論議を見るときに、戦争が何をもたらすのかという現実感覚を失っているのではないかと思わされる。

たとえば紛争の地、ガザは180万人以上の人々が、貧困、暴力、偏見、脅し、餓えとの戦いの毎日だと伝えられています。移動の自由はなく、理由なく投獄され、常に監視され、教育は行き届かず、愛する人を暴力的に失う苦しみに支配されているのです。にも関わらず、国際社会は彼らの苦しみに無関心なのです。

ある17歳のパレスチナ人の少年は、ガザの住民が耐えてきた日々の悲しみを「それはまるで、地面に落ちた自分自身の影になったようだ。逃れることはできない。自分自身がそこに横たわっているのは見えるけど、影に命を吹き込むことはできない」表現しました。

それなのに、日本では武器輸出三原則の撤廃によるイスラエルへの武器輸出や集団的自衛権に基づくペルシャ湾への掃海艇派遣に向けた動きが進むなど、イスラエルとの軍事協力に向けた地ならしが急速に進められています。つまり、日本で造られた武器によって、また、自衛隊が直接的に関与する中で、そのガザに住む少年たちへの砲撃が行われるかもしれないのです。

戦争の現実とはそのようなものなのです。ですから、私たちは戦争に加担することを反対し続けていかなければなりません。

ここはイエス・キリストが弟子たちに祈りを教えられた場面です。そして、その主の祈りを教会は忠実に受け継いできたと思います。けれども、ルカは、この物語にさらに後半に、おもしろいたとえ話を用いています。

夜中にパンをもらいに来る友達のたとえです。寝ているときに、突然、「パンを分けてくれ」と言われるのです。別にパンが惜しいわけではないけれど、夜も遅いのだから、明日にしてくれないかと断ります。けれども、友達だからというのではなく、しつこく頼み続けると、そのしつこさから逃れるために、「何でも与えてくれるだろう」というのです。そのしつこさを表現することばとして「求めなさい」「探しなさい」「たたき続けなさい」と言われています。それくらい熱心に、執拗に、あきらめないで、というのです。」

ここで強調されていることは、「しつこさ」です。「あきらめない」ことです。あきらめないで、熱心に働き続けることです。

主の祈りを祈るときに、その熱心さが求められているのです。

主の祈りというのは、イエスが弟子たちに教えられた祈りという意味です。そして、主イエスが祈られて祈り、主イエスの祈りでもあるのです。言い換えれば、イエスはそれほどに熱心に祈っていたということでしょう。

祈りという行為は、このイエス・キリストの熱心さが求められるものなのです。平和を実現することも同じです。現実は、本当に厳しいもので、声を上げたから、署名をしたから、明日から劇的に変わるというものではないでしょう。何も変わらないように思えるのです。

しかし、こんなことをしても無駄だとあきらめるときに、平和への道は閉ざされるのです。平和のために祈りをあわせ、平和を求め続けましょう。平和への道を探し続けましょう。平和への扉を叩き続けましょう。それがイエスが教えた、平和への道なのです。

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