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今日の聖書箇所には、「思い悩むな」という小見出しが付いています。「命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな」この所だけを取り出すと、現代人の私たちは、「グルメやファッションばかり気にするな」そう言われているように感じるのですが、もちろんこれは、そのような軽いことが言われているのではなく、明日の食べ物や衣類の思い煩い、生死に関わる大きな問題のことが言われているのです。しかし、イエス・キリストは、その大きな問題に悩む私たちに、「思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか」つまり、私たちにとっての大問題をごく小さなことだと言うのです。

そう言われつつも何かと「思い悩む」のが人間で、人が抱く恐れ、不安は簡単には取り払うことができません。しかし、「神の国を求めること」で、私たちに必要な物は与えられ、不安は拭われると言うのです。神の国とは一体何でしょうか。ルカによる福音書17章では、「神の国は、見える形では来ない。ここにある、あそこにある、と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」とあります。神の国とは、領地を持った国家のようなものではなく、私たち一人一人の関係の中に存在するものなのです。

山浦玄嗣さんのケセン語訳聖書では、神の国という言葉は「神様のお取り仕切り」と訳されています。「神様のお取り仕切り」は、一人一人を大切にし、小さなものや弱い者に対する思いやりに溢れた仕切り方です。人と人とが互いに尊重し合い幸せな状態にある時、そこに神の国があり、食べるものや着る物の全てはその中で加えて与えられるのだとイエス・キリストは語っているのです。私たちが確保しておきたい貴重なもの、時間やスペースや労力やリソース、それら全てを必要としている人に献げれば、そこに神の国が生まれる。思いやり合い、尊重し、受け入れ合う、幸せな関係が成立する。そのような関係のために、自分の持てるものを分かち合う。そのような関わりの中で、私たちの必要は満たされていくのです。

置戸教会は「神様のお取り仕切り」の中で養われてきました。主任牧師の招聘が困難な状況の中、北見望が丘教会の信徒であった私が宣教主事となりました。その導きを受けた時、分かち合いの手を差し伸べてくれたのが北光教会でした。この繋がりの中で、置戸がどのように養われてきたか、具体的な話を二つお話ししたいと思います。

一つは、去年のオルガンコンサート、伝道集会についてです。77名の来場者で会場が満たされ、それ以来一人の求道者が与えられました。たった一人です。しかし、小さな群にとってその一人の存在がかけがえのない喜びとなるのです。持てるものを分かち合う時、そこに神の国が育ち、神の群が養われていくということを経験させていただきました。

もう一つは、神様ならではの装いのことを話したいと思います。去年のクリスマス、98歳の隠退教師が礼拝にやってきました。その方が久しぶりに教会の階段を登ろうとした時、「いやあ、新しくなって見違えますね」と仰っいました。会堂改修はしていないのです。付き添いで来られた娘さんは、「少し頭が混乱しているようです。」と言われたのですが、教会のあるメンバーがこのように言いました。「いや、混乱しているのではない。みんなが嬉しくていきいきしていると、その雰囲気のおかげで、建物が新しく見えたのだと思う。」

神の国という私たちの間にできる嬉しくて幸せな繋がりは、私たちの顔を輝かせ、築60年の会堂を新しく見せたのです。これが、神の装いなのです。高い洋服やブランドのバッグ、きらびやかな宝石ではありません。神の装いは、私たちの心を感謝と喜びで満たし、人を美しく輝かせてくれるのです。持ち物だけでなく、喜びや悲しみを分かち合うことのできる繋がり。赦し合い、受け入れ合い、助け合う繋がり。そのような暖かい繋がりによって、人をほっと安心させ、いきいきと輝かせ、元気と希望を与えてくれるのです。

自分と隣人、自分の教会と他の教会との間に、恵みを分かち合う嬉しい繋がりがある時、私たちはそこで豊かに養われ、愛される輝きで装われていくのです。そしてこのような繋がりを築くことで、実は私たちは天に富を積んでいるのです。盗人に盗まれたり、虫に食われることのない繋がり。私たちがお互いの関係の中で育む繋がりは、正にそのような財産なのです。「だから、思い悩まなくてもよい、この富でもって私はあなたを養うのだ。」「あなたには想像もつかない。私のとっておきのやり方で、あなたを感動させたいのだ。」「私の愛に満ちた絆の中で、あなたのいのちは大切に育まれ、きらきらと輝くのだ。」私たちにそのように語りかけるイエス・キリストの声が聞こえるのです。

神の国は静止しているのではなく、辛子種のようなものだと聖書に書かれています。最初は小さな種にすぎないが、その小さな種が大きく実り、そこに鳥が巣を作るようになるのです。私たちは、喜びと恵み、試練も悲しみも心を開いて分かち合うのです。その時、私たちの関係は、新しい次元を見せていくのです。少しずつ広がり、少しずつ大きくなる。そこに新しい人が加えられていく。神は喜びをもってそうして下さるのです。期待で胸が躍ります。置戸教会が持てるものは本当に小さなものしか持っていませんが、それを分かち合って成長していきたいと思っています。これからも交わりをいただくことを心から願い楽しみにしています。

(文責:筆者)

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