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ペトロたちは、イエスが真っ白く輝くのを見て、そしてそのイエスが旧約聖書の伝説の偉人、モーセとエリアと語り合っているのを見て驚愕するのです。そして、この状況を保ちたいという願いに駆られて「それぞれのために仮小屋を建てましょう」と口走るのです。

その時、雲が沸き立ちました。「雲」は神顕現の文学様式です。つまり、そのところ神が登場したというのです。この場合、「仮小屋を建てよう」と口走っているペトロたちのために、神がその場にこられたのです。

そして神はペトロたちにこう語りかけました。 「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」神は、ペトロたちに「イエスの言葉を聞け」と言われたのです。

ペトロは今白く輝くイエスを見ています。モーセやエリアと語り合っているイエスを見ています。その「視覚」を維持したいとおもったのです。視覚に頼ろうとするペトロたちに、神は「これに聞け」と命じられたのです。

人間は視覚に頼ります。視覚で確かめることを求めます。

私たちも神との関係の中で、視覚を求めるのです。神を見ることをもとめます。しかし残念ながら、私たちは誰一人神を見ることはできません。けれども、イエスの言葉を聞くことは出来るのです。信仰で大切なことは、イエスを見ることではなく、イエスに聴き続けることだというのが今日の物語で伝えられていることなのです。

今年の年頭修養会の講師、ファシリテーター 金 香百合(きむ かゆり)さんは大変興味深いことを仰っていました。

「きく」という行為をあらわす漢字が2種類ある。「聞く」は門の中で小さな耳できくという漢字で、そういう聞き方では本当のコミュニケーションにはならない。もう一つの漢字「聴く」は十四の心を集めて大きな耳で聴くということで、その時はじめて良い聴き手になりうるのだ。

そんなお話でした。イエス・キリストの言葉を聴く私たちの信仰にも通じるところがあります。心を集めて、まっすぐにイエスの言葉を聴くのです。そこから、イエスと私たちの出会いが始まるのです。

イエスの宣教の日々は、苦しみの日々でした。辱めの日々でした。落胆の日々でした。しかし、彼はその道を歩み続けたのです。ガリラヤで愛の道を生き続けたのです。その愛の道とは、愛するがゆえにに苦しむこと、愛するがゆえに辱められること、愛するがゆえに痛むことを避けないことでした。そういうイエスの日常こそ、神の栄光なのです。そのイエスの生き方こそ、神のみこころを現しているので、真っ白く輝いたのです。

そのイエスの日常は何に向かっていたでしょうか。愛することでした。

愛することに向かって生きようではありませんか。相手を苦しめることよりも、いかにして愛することができるかということで苦しもうではありませんか。相手をやりこめることよりも、いかにして相手と一緒に生きることができるかと悩もうではありませんか。相手を言い負かすことよりも、辱めに耐えてでも一緒に歩む術を探ろうではありませんか。そういう日々、まさにイエスはわたしたちのためにそういう日々を送って下さいました。純白に輝くイエス、その姿に私たちは、イエスの十字架を見ようではありませんか。裂かれたからだ、流された血を見ようではありませんか。そして、それこそ「神の栄光」であると示して下さったのです。

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