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今日の物語は、イエスのもとへ中風という病に苦しむ人を4人の男たちが連れてくるお話である。中風という病気は、現代でいう脳卒中の後遺症としておこる身体の麻痺のことを指す。この中風の人は、はじめから身体が不自由だったのではなく、元気な時があり、生き生きと生活している時があった。しかし、突然の病によって身体の自由を奪われてしまう。この時代は、病気になることは、神からの罰として病になると考えられていたため、中風の人は、病気に苦しむだけでなく、社会的に差別される対象であった。自分の存在価値までもが宗教的にも社会的にも否定されることは、どんなに中風の人を苦しめただろうか。自分はなんのために生きているのだろうか、なんのために生まれてきたのだろうか、そのような苦しみを抱えながら、最後の望みをもって、イエスのもとにやってくる。

しかし中風の人が、4人の男たちに担がれて、家の近くまで来てみると、周辺まで沢山の人が押し寄せていた。それだけの人がいたということは、家のなかに律法学者たちが来ていることを、自然と彼らも知ることになる。律法学者が来ていることを知って、中風の人と4人の男たちは戸惑い、悩んだ。けれども、この人は今まで、可能な限り、病を治すためにお金も時間も労力も費やしてきているのだ。しかし、どこにいっても病が癒されないだけでなく、罪人として差別されることで、中風の人は身も心もボロボロになりながら、生きていたのである。イエスなら病を癒してくれるかもしれないという、希望と期待が彼らを動かす。

彼らは家の屋根を剥がして、天上から中風の人をイエスの前につり下ろす。イエスは中風の人をみて、怒るわけでも、理由を聴くのでもなく、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。イエスは中風の人が、心の内に秘めていた孤独に目を留められる。人が辛い思いをするときは、孤独になってしまった時である。自分でしか負うことのできない悲しみに直面した時、一人ぼっちであるかのような感覚に襲われる。誰もわたしの気持ちをわかってくれないと思う時があるだろう。

わたしはどうしても、想像してしまう。この中風の人はどれほどの孤独を抱えて生きていただろうかと。この人が周囲の人から「神にも見放された奴だ!」と言われたとき、誰が彼を癒すことができただろうか。病気は神からの罰であると教えられていた時代に、誰も彼に慰めの言葉をかけることはできなかった。その中風の人に、イエスは「あなたの罪は赦される」と言われたのだ。その人が一番苦しくて、誰かに慰めてほしかったことに目を留められた。「そのままのあなたで、罪は赦される」と言ってくださるのだ。中風の人は、イエスが共に苦しみを背負い、自分の苦しみに耳を傾け、孤独を受け止め、あなたとして生きよと神が宣言してくださっていることを知る。

どれほど、中風の人が癒されただろうか。どれほど心が救われただろうか。この人は、もう一度生きていく勇気をイエスから与えられる。中風の人はイエスの言葉を受けて、その温かい眼差しに救われて、起き上がり、床を担いで家に帰る力が湧いてくるのである。「そのままのあなたで神から愛されているのだ」という言葉を胸に、生活の場へと帰っていく。私たちも、日常に打ち砕かれて、疲れ果てて、挫けてしまいそうになることがあっても、神がわたしたちを愛してくださっている、用いてくださっているという宣言を受けて、自分の生活の場へと送り出されていこう。神が私たちを愛してくださっているのだから、安心して、遣わされた場へと帰っていきなさい。イエスはそう宣言してくださるのだ。

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