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弟子たちはイエスに突然「向こう岸へ行こう」と言われて、対岸を目指してこぎ出してみると嵐に見舞われてしまいました。人の目には嵐に見えるけれども、その時にこそ、共にいてくださるイエスに心を注ぐことが信仰ではないかということを教えられたのです。

そのようにしてようやくデカポリスと呼ばれる対岸地方に到着しました。

イエスの姿を見て誰かが走り寄ってくるのです。どんな人が来たのかというと、これがとんでもない人だったというのです。

まず彼は「服を着ないで、墓場に住んでいる」と紹介されています。墓場に住むということは、生命の世界に生きているというのではなく、むしろ生命を放棄して生きているといえます。それは共同体から隔離されて生きているということです。「裸である」ということと相俟って、非常に孤独で、寂しく、そして自暴自棄になっているそんな雰囲気が伝わってきます。

さらに、「鎖でつながれ、足枷をはめられて監視されていたが、それを引きちぎっては、悪霊によって荒れ野へと駆り立てられていた」という紹介もあります。手が着けられないほど暴力的だったのですが、誰も彼を束縛できないのです。他人も傷つけているのですが、同時に自分自身も苦しめている…そんな人がやってきたというのです。

向こう岸に来るだけでも嫌だったのに、そこで出会った最初の人が「最悪の人」だったのです。弟子たちの困惑した顔が目に浮かぶようです。しかも彼はイエスを礼拝しに来たのではないのです。むしろイエスを拒否しに来たのです。「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。頼むから苦しめないでほしい。」この言葉からは「お前なんか必要ない。俺の好きにする。俺に関わらないでくれ」そんなニュアンスが伝わってきます。

その人に対してイエスは何をしたでしょうか。

まず名を尋ねます。名前はその人の人生全体を表すものです。だからイエスはこの人に「おまえをそんなにまで苦しめているものは何かいってごらん。わたしがそれを聞いてあげよう」と言われたのです。

この人はそんな風に言われたことなかったのでしょう。おまえのやっていることは間違いだ、正しくない、悪いことだ・・・・彼が聞いてきた言葉はそういう否定する言葉ばかりだったのです。ところがイエスは彼を受け入れ、彼を知ろうとされたのです。

彼はイエスに心を開き、自分の名を明かします。彼は「レギオン」と答えました。「レギオン」というのは、ローマ帝国の「軍団」を意味する言葉です。当時の世界における最強の武装集団、暴力集団が「レギオン」でした。つまり、彼の中にどうしようもないような力が働いて、彼を暴力的に突き動かして、あのような悲しい人生を生きてきたのだと打ち明けたのです。

イエスとの会話を見ていくと、この会話の主は彼自身ではなくて、「悪霊」です。聖書では目に見えないけれど、人の心に影響を及ぼす悪い力のことを悪霊と表現しているのです。つまり彼は本来の自分自身を失ってしまい、罪の力に暴力的に動かされていきてきたのです。

悪霊を追い出してもらったこの人はどうなったでしょうか。「悪霊どもを追い出してもらった人が、服を着、正気になってイエスの足もとに座っているのを見て、恐ろしくなった。」とあります。裸で暴れていたこの人は悪霊を追い出してもらい、服を着て、イエスの足もとに座っていたのです。自分を取り戻していったのです。

不思議なことにこの地方の人たちはイエスに「出て行け」と命じました。イエスはこの地を追い出されるように去って行きます。嵐の中、向こう岸に渡ってきて、癒やされたのはたった一人でした。イエスの宣教は失敗に終わったのでしょうか。いいえ、そうではありません。種は蒔かれているのです。

イエスの真実を知った彼は、この地で「神がしてくださったこと」を人々に告げていきます。そして、40年後、エルサレムで迫害された初代教会が逃げ延びてきた時に、行ったのはこのデカポリス地方でした。彼の証しがその基礎となっていたに違いありません。

少数でも良いのです。神が私たちになさって下さったことを知っている人がいるということ、神が私たちを愛してくださっていることを告げる人がいること、その一人が貴重なのです。

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