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「ある日のこと」という切り出しで、この物語は始まっています。ある日、突然に、イエスが「向こう岸へ渡ろう」と言われたのです。

「向こう岸」は単に湖の対岸ということではありません。「向こう岸」は異邦人の地でユダヤ人である弟子たちが忌避していた場所でした。ところがイエスは突然に「向こう岸へ行こう」と言われたのです。

神の命令を使命といいますが、その内容は「向こう岸へ渡ろう」と呼びかけられているようなものです。つまり、使命はわたしにとって都合の良い呼びかけというよりは、とても都合の悪い呼びかけであることが多いのです。なぜわたしがこの時に、そんなことをしなければならないのだ・・・と考えるような内容であることが多いのです。

マリアが受胎告知を受けたとき、誰が「わたしにとって都合がよい」と思えたでしょうか。ペテロが弟子の召命を受けたとき「これは好都合だ」と思えたでしょうか。パウロにイエスが呼びかけられたとき「これはチャンスだ」と思えたでしょうか。考えてみたら、みんな都合が悪かったのです。しかし彼らはそれが主の命令であるが故に従ったのです。

イエスのたとえ話で「大宴会のたとえ」と題されるものがあります。(ルカ14章15〜24節)これを読むと、みんなそれぞれにもっともな事情で、宴会に出るよりは大切なものだとも考えられます。ところが、招いている人が神であるということが決定的なのです。そして神の国に招かれているということが決定的なのです。他の何をおいても行くべきであるのに、人間はそうはしないのです。神の招きだと気づいていないから、今の自分にはこちらの方が大事だなどと考えてしまうのです。

私たちにも事情があります。それぞれに言い分があるでしょう。でも、呼びかけておられるのは主であり、神なのです。神が言われるが故に、私たちはみずからの事情を捨て置いて、その言葉に従うのです。

ところで、使命と信じて都合の悪い方へ踏み出してみたら、バラ色の人生になったわけではありありません。聖書は非常にシビアに現実を伝えます。

イエスの言われるままに向こう岸に向かって船を進めた弟子たちが出会ったものは嵐です。小さな船でこぎ出して一番恐ろしいものは嵐です。

信仰の歩みというのは、決して平坦なものではありません。いろいろなできごとがおこりますし、恐ろしい嵐と出会うこともあるのです。嵐はわたしを根底から叩きつぶすような暴力的な、否定的な力のことです。

元漁師であり、ガリラヤ湖で漁をすることを生業としていた彼らが「先生、先生、おぼれそうです」という弟子たちの言葉は、絶体絶命の危機に直面していることを現しているのです。 「先生、先生、おぼれそうです」と弟子たちは叫びました。それはみっともない叫びです。プロとしては恥ずかしい叫びです。しかし、それで良いのです。私たちは人目もはばからず叫んで良いという相手を賜ったのです。

その時イエスは起き上がってくださいました。つまり、その前は眠っていたのです。言い換えれば、イエスは眠れるほど安心していたのです。人の目には嵐に見えるけれどもイエスにとっては、それは「安心して眠っていて良い状況」だということでしょう。そのことがわからない人間は右往左往して叫んでいるのです。

しかし、イエスは愚かな私たちの叫びを聞いてくださり、起き上がってくださる方です。まず嵐と波を静め、その後に「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と言われたのです。これをわたしはどうしても優しく読んでしまうのです。

それにしても「どこにあるのか」というのはおもしろい表現です。

私たちの信仰はどこにあるのでしょう。もし、信仰が危機の時に役立たないものだったら、見失ってしまうようなものなら、信仰の意味は半減してしまうに違いありません。危機の時、「死にそうです!」と叫びたいとき、それほどの悲しみの時、孤独の時、その時にこそ、私たちはイエスを思いたいのです。信仰を私たちの不安の真ん中におきたいのです。

嵐はやってきます。けっして私たちの人生は順風満帆で過ごせるものではありません。けれども、私たちはその嵐の中で、主と出会うのです。すべてを支配し、世界を支配し、歴史を支配している神と出会うのです。いいえ、そこに神がずっと共にいてくださったということを知るのです。嵐の中で、あなたは何を見ているのか、嵐、波か、水か。あなたの信仰はどこにあるのか。私を見なさいとイエス・キリストは語りかけてくださっているのです。

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