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バプテスマのヨハネはイスラエルの人々に、荒れ野で悔い改めることを勧めながら、ヨルダン川で洗礼を授けていました。ヨハネが生きていた時代、イスラエルの人々はローマ帝国の支配下で、大多数の人々が厳しい生活を強いられていました。全人口の三分の一が奴隷といわれる完全なヒエラルキーの中で、貧富の差は拡大し、それにも関わらず多額の税金を課せられ、借金を抱える者も多く、十分な食事をとることもできない、病気になっても医療を受けることも難しい時代だったのです。苦しい生活を余儀なくされていた民衆たちは、必ずこんなどん底の日常から救い出してくださる方が来られる日を待ち望んでいました。また当時の民衆たちの多くが、生活していくために「汚れている」と軽視されていた仕事で生計を立てており、律法中心主義の世の中にあって、「お前たちは罪人だ」と言われ続けてきたのです。自分たちは神の前に立つことのできない罪を持っている、そのように思い続けていました。

当時、絶対的な権力を持っていた、律法学者や祭司たちは、ヨハネの悔い改めの宣言を聴いて、自分たちには関係のないことが語られていると思っていました。彼らは人の罪を裁く立場にいた人々でしたので、自分たちに罪があるとは考えたこともなかったのです。

当初、ヨハネが語った悔い改めへの勧めは、民衆たちにとって、長年言われ続けてきた、戒めを語っているのかと思いました。しかしヨハネは民衆たちだけに教えたのではないのです。「すべての人が神の前に悔い改めるのであり、それこそ、人間が神になすべきことなのだ」と語り続けます。悔い改めとは、何か罪を犯した人が、その罪を認め、更正していくことではありません。人間的な価値基準における罪人だけでなく、どんな人でも欲望に支配され、神を忘れて自分中心の生活をしてしまう側面を持っているのです。だからこそ、「すべての人が罪人であり、自分の罪を悔い改めて、心を神に向けよ。」と言うのです。

誰からも大切にされず、無視されるような環境で生きていた民衆たちにとって、ヨハネが語った悔い改めへの勧めは、自分たちも心を神に向けて生きていけば、神の民として生きていく事が赦されるという希望の宣言となったのです。ヨハネは神からの教えを携えて、自分は価値のない人間なのだと嘆いている人々のところに近寄って、全ての人が神から招かれていることを告げ知らせます。そして「心を神に向けて、救いの道を歩んでいきなさい」と語り続けるのです。 

このヨハネが語った悔い改めの宣言を受けて、私たちも、もう一度心を神に向けなければなりません。救い主の到来を待ち望む人々が、イエス?キリストを受け入れるために、心を神に向けたように、私たちも混沌とした、暗い現実があまりにも多い社会のなかにあっても、心を神に向けていきましょう。アドベントは、すべての人のもとに来てくださる、イエス?キリストという喜びを受け入れる準備の時です。イエス?キリストは私たちに愛と慰めを与えるために、この世にお生まれになります。イエス?キリストという光が舞い降りて来たように、暗闇のなかにあっても、輝き続ける救い主が、私たちのもとに来られた喜びを待ち望むのです。来週、クリスマスがやってきます。悲しみに暮れ、暗い気持ちになることが多かった私たちのもとに、イエス?キリストという光がやってくるのです。私たちに慰めと希望を与えてくださる救い主が、この世にお生まれになった記念の日を待ち望みましょう。

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