札幌 納骨堂 札幌市中央区 貸し会議室 納骨堂/クリプト北光

日本基督教団 札幌北光教会 日曜礼拝 木曜礼拝 牧師/指方信平、指方愛子

札幌北光教会/トップお問い合わせ
札幌北光教会/トップキリストの招き平和宣言過去の信仰告白オルガン結婚式・葬儀アクセスマップfacebook
教会案内礼拝案内集会案内牧師紹介/説教納骨堂/クリプト北光貸し会議室

>札幌北光教会/トップ  >牧師紹介・説教  >み言葉を下さい


今日の箇所には一人の百人隊長がでて参りました。そしてこの人は「これほどの信仰はユダヤ人の間でも見たことはない」とイエスが話すくらい、立派な信仰の証をした人です。

この百人隊長は善行の人でした。カファルナウムの百人隊長という地位は、いわゆる上級職ではないのだそうで、彼は領主ヘロデ・アンティパスに仕える立場だったのです。このヘロデは悪政で名高く、評判の悪い人でしたが、彼はたいへんすばらしい評価を受けていたのです。

具体的には5節にユダヤ人を愛し、会堂を建てたということが載っていますが、私がもっと驚くのは、もともと異邦人とのつきあいを毛嫌いするユダヤ人が、彼のためにイエスのもとにきて、彼のもとへイエスがゆくことを薦めたということです。

しかし、この百人隊長が善人であるが故に、この話の本当の意味が判りにくくなっているように思うのです。善行の人だから、イエスがその信仰を誉めたのだと受け止めてしまいがちだからです。

しかし良く聖書を読んでみますと、イエスが誉めたのは百人隊長の行動ではなく、伝言に含まれていた内容です。彼はこう言いました。
「わたしの方からお伺いすることさえふさわしくないと思いました。一言おっしゃってください」

この「一言おっしゃってください」という言葉が中心であることはまちがいありません。ここでも私たちは百人隊長が「イエスが言うことは全てその通りになるのだと信じたのだから、その信仰が立派だ。」と受け取りがちです。

しかし、自分の願望や願いをあげておいて、神さまが言葉をくださるとそれが必ず実現するというのは、よく考えてみると御利益と大差はないとおもうのです。

ですから、ここでイエスがほめられた信仰はそのようなものではないはずです。たしかに、この後のイエスの言葉をみても、僕を癒す言葉は出て参りません。もちろん僕は癒されているのですけれど、ここでは僕の癒やしは一つの道具に過ぎないのであって、本当に伝えたいものはもっと別のところにあるのです。

「一言おっしゃってください」ということばを英語の聖書を読みますと「say the word」「speak the word」と訳されています。つまり、言葉があるだけではなくて、「話す」つまり「声に出す」ということが強調されているのです。つまり百人隊長の求めたものは、「あなたの言葉を聞かせてください」「私の魂に響かせてください」というニュアンスが強いことばなのです。

百人隊長である彼は、他の人に比べて具体的な大きな力を持っていたでしょう。会堂を建てるほどの富ももっていました。周囲の人たちからの信頼ももっていました。まことに人間としては立派で、力ある人なのです。けれども、彼は、今愛する者の苦しみの前でまったく無力なのです。人間とはそのようなものです。どんなに立派であり、力があるように見えても、私たちはもっとも根源的なところでは無力なのです。百人隊長は、愛する者の死の苦しみを前にして、その自分の姿に気づいたのです。

苦しんでいるのは、救いを求めているのは、実は百人隊長なのです。自分の無力さ、自分の弱さ、自分の貧しさ、そんなものを嫌というほどに知った百人隊長は、「み言葉をください。わたしの魂にあなたの言葉を響かせてください。そのことばで慰められ、生きる力を得るでしょう、それができるのはただあなただけです」と語ったのです。

だからイエスはこの「これほどの信仰を見たことはない」と言われたのです。

前のページに戻る

お問い合わせ北光幼稚園

個人情報保護方針について