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札幌北光教会は1世紀を越えて主イエス・キリストの宣教の歴史を刻んで来ました。創立以来、幾多の信仰の先達者たちがこの教会を支え、担い、キリスト教信仰の証人として歩んでこられたのです。私は、1964年(昭和39年)4月に伝道師としてこの教会に赴任してきましたが、当時既に発刊されていた「70年の歩み」という教会史の冒頭を読んでいると、17人の信徒が幻を抱いてこの教会を創立したと書かれています。

「出会いが人生」という表現は皆さんも至る所で聞いたことがあると思います。この言葉は、マルチン・ブーバーが自伝の中で書いた言葉です。彼が少年期に別れた母親と再会しようとした時、「母はどの様な人なのだろうか」と思いを巡らせながら待っていたのですが、とうとう母には会えなかった。その経験が、彼の思想活動や人生に大きな影響をもたらしたのだといいます。ドイツ語で「出会い」は「ベゲーグン」というのですが、あたまに「フェア」を付けると「すれ違う」という意味になります。「母親と出会わなかった」ということでマルチン・ブーバーは人生に大きな変化が生まれたことから、「出会いは人生」という言葉を語ったのです。私にとっても、主イエス・キリストとの「出会い」は人生の決定的な時となりました。今日お集まりになられた一人一人にとっても、キリストの救いは人生の決定的な出来事であると思います。

聖書にも、「出会いが人生」という物語が満ちています。今日の物語は共観福音書に共通して記載されています。ということは初期教会にとってこの物語がそれほど意義深い物語だったということです。

イエスは、徴税人レビが収税所で仕事をしている所に通りがかり、「私に従いなさい」と言われました。レビは、この言葉をどのように聴いたのでしょうか。

徴税人は、ローマのために税金を集めていました。民にとっては苦しめられる好ましくない存在であり、差別され、人としての扱いを受けていない。そういった状況に置かれた人々でした。彼には人との交わりが失われています。そのことによって生まれた心の隙間は、お金や物では満たせないのです。孤独で、やるせない、寂しい思いを持ちながら日々を過ごしていたレビにとって、「私に従いなさい」という言葉は、心の中を突き抜けたのでしょう。だから、身を委ねたのです。

信仰には、「信頼する」「委ねる」という意味があります。レビはイエスを信じて、自分の身を委ねたのです。古い自分にまとわりつく過去のしがらみを全て捨てて、新しい世界で人々と共に生かされて生きる人生の展望を見いだしたのです。それが、イエスとの食事に現れているのです。

当時、罪人と呼ばれた人々とファリサイ派の人々とは、明確な線引きがされていました。共に食事をするなどもってのほかでした。しかし、レビは自分の家にイエスを招いてもてなしたと書かれています。そこには大勢の罪人たちが同席しているのです。これを見たファリサイ派の人々は文句を言いましたが、これが神の祝福であり、教会の姿だと思うのです。キリストを受け入れた者が、たとえどのような人々であろうと主の元に一つにされるというのが教会だと思うのです。

イエスは言われました。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。私が来たのは、正しい人を招くためでなく罪人を招くためである。」

イエスはどこに立ったのでしょうか。イエスを通して、主なる神はどこに立ったのでしょうか。当時の社会の中で虐げられ、侮蔑され、罪人と言われた人々の中に立たれたのです。その傍らに寄り添い、歩まれたのです。罪人と呼ばれる人を招くために遣わされたのです。その思いこそが、神の目指される「愛」という言葉で表すことができると思うのです。神は21世紀のこの時代の中で、どこにおられるのでしょうか。

救いのイエスと出会うということは、私たちは救いの手に掴まれたのだということです。「神の御手は、私たちの生活のただ中に働いている」このことを宣べ伝えていくことが、私たちの使命であり、その使命に生かされている喜びをあつくして、関わっていかなくてはならないのです。私たちの喜びのときも苦しみのときも、主イエスは私たちの人生のかけがえのない伴侶として、私たちの人生を助け、支えていてくださる。そのことを確信し、この身を、主イエスのみ腕に委ねて行きたいと思うのです。

今、117年周年を迎えた北光教会と共に歩んでいる皆さん。主の祝福と導きを信じ、新しい歴史の担い手として、雄々しく前進しようではありませんか。この言葉を共に受け止めて、新たな宣教の働きが進められることを願って止みません。

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